は、さびしい山道に立ちすくんで泣きだしそうな声を出した。ほんとうにポチが殺されるかぬすまれでもしなければいなくなってしまうわけがないんだ。でもそんなことがあってたまるものか。あんなに強いポチが殺される気づかいはめったにないし、ぬすもうとする人が来たらかみつくに決まっている。どうしたんだろうなあ。いやになっちまうなあ。
……ぼくは腹がたってきた。そして妹にいってやった。
「もとはっていえばおまえが悪いんだよ。おまえがいつか、ポチなんかいやな犬、あっち行けっていったじゃないか」
「あら、それは冗談《じょうだん》にいったんだわ」
「冗談《じょうだん》だっていけないよ」
「それでポチがいなくなったんじゃないことよ」
「そうだい……そうだい。それじゃなぜいなくなったんだか知ってるかい……そうれ見ろ」
「あっちに行けっていったって、ポチはどこにも行きはしなかったわ」
「そうさ。それはそうさ……ポチだってどうしようかって考えていたんだい」
「でもにいさんだってポチをぶったことがあってよ」
「ぶちなんてしませんよだ」
「いいえ、ぶってよほんとうに」
「ぶったっていいやい……ぶったって」
ポチがぼくのおもちゃをめちゃくちゃにこわしたから、ポチがきゃんきゃんというほどぶったことがあった。……それを妹にいわれたら、なんだかそれがもとでポチがいなくなったようにもなってきた。でもぼくはそう思うのはいやだった。どうしても妹が悪いんだと思った。妹がにくらしくなった。
「ぶったってぼくはあとでかわいがってやったよ」
「私だってかわいがってよ」
妹が山の中でしくしく泣《な》きだした。そうしたら弟まで泣きだした。ぼくもいっしょに泣きたくなったけれども、くやしいからがまんしていた。
なんだか山の中に三人きりでいるのが急にこわいように思えてきた。
そこへ女中がぼくたちをさがしに来て、家ではぼくたちが見えなくなったので心配しているから早く帰れといった。女中を見たら妹も弟も急に声をはりあげて泣きだした。ぼくもとうとうむやみに悲しくなって泣きだした。女中に連れられて家に帰って来た。
「まああなたがたはどこをうろついていたんです、御飯も食べないで……そして三人ともそんなに泣いて……」
とおかあさんはほんとうにおこったような声でいった。そしてにぎり飯を出してくれた。それを見たら急に腹がすいてきた。今まで
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