のいないために、なおさらの御不自由でしょうが、来年はきっとたくさんのお話を持って参りますから」
 と燕は泣く泣く南の方へと朝晴れの空を急ぎました。このまめまめしい心よしの友だちがあたたかい南国へ羽をのして行くすがたのなごりも王子は見る事もおできなさらず、おいたわしいお首《つむり》をお下げなすったままうすら寒い風の中にひとり立っておいででした。
 さてそのうちに日もたって冬はようやく寒くなり雪だるまのできる雪がちらちらとふりだしますと、もうクリスマスには間もありません。欲張りもけちんぼうも年寄りも病人もこのころばかりは晴れ晴れとなって子どものようになりますので、かしげがちの首もまっすぐに、下向きがちの顔も空を見るようになるのがこのごろです。で、往来の人は長々見わすれていた黄金の王子はどうしていられる事かとふりあおぎますと、おどろくまい事かすき通るほど光ってござった王子はまるで癩病《らいびょう》やみのように真黒《まっくろ》で、目は両方ともひたとつぶれてござらっしゃります。
「なんだこのぶざまは、町のまん中にこんなものは置いて置けやしない」
 と一人が申しますと、
「ほんとうだ、クリスマス前にこわしてしまおうじゃないか」
 と一人がほざきます。
「生きてるうちにこの王子は悪い事をしたにちがいない。それだからこそ死んだあとでこのざまになるんだ」とまた一人がさけびます。
「こわせこわせ」
「たたきこわせたたきこわせ」
 という声がやがてあちらからもこちらからも起こって、しまいには一人が石をなげますと一人はかわらをぶつける。とうとう一かたまりのわかい者がなわとはしごを持って来てなわを王子の頸にかけるとみんなで寄ってたかってえいえい引っぱったものですから、さしもに堅固《けんご》な王子の立像も無惨《むざん》な事には礎《いしずえ》をはなれてころび落ちてしまいました。
 ほんとうにかわいそうな御最期《ごさいご》です。
 かくて王子のからだは一か月ほど地の上に横になってありましたが、町の人々は相談してああして置いてもなんの役にもたたないからというのでそれをとかして一つの鐘《かね》を造ってお寺の二階に収める事にしました。
 その次の年あの燕がはるばるナイルから来て王子をたずねまわりましたけれども影《かげ》も形もありませんかった。
 しかし今でもこの町に行く人があれば春でも夏でも秋でも冬でも
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