乗せて、細長い銀色の鋏《はさみ》で真中《まんなか》からぷつりと二つに切って、ジムと僕とに下さいました。真白い手《て》の平《ひら》に紫色の葡萄の粒が重って乗っていたその美しさを僕は今でもはっきりと思い出すことが出来ます。
 僕はその時から前より少しいい子になり、少しはにかみ屋でなくなったようです。
 それにしても僕の大好きなあのいい先生はどこに行かれたでしょう。もう二度とは遇《あ》えないと知りながら、僕は今でもあの先生がいたらなあと思います。秋になるといつでも葡萄の房は紫色に色づいて美しく粉をふきますけれども、それを受けた大理石のような白い美しい手はどこにも見つかりません。



底本:新潮文庫『赤い鳥傑作集』坪田譲治・編
   1955(昭和30)年6月25日初版
   1974(昭和49)年9月10日改版29刷
   1984(昭和59)年10月10日改版44刷
初出:『赤い鳥』大正9年8月号
入力:鈴木厚司
1999年2月13日公開
1999年7月30日修正
青空文庫作成ファイル:
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