冷《び》えとなって、にわかに暗くなった部屋《へや》の中に、雨から逃げ延びて来たらしい蚊がぶーんと長く引いた声を立てて飛び回った。青白い薄|闇《やみ》に包まれて葉子の顔は見る見るくずれて行った。やせ細っていた頬《ほお》はことさらげっそりとこけて、高々とそびえた鼻筋の両側には、落ちくぼんだ両眼が、中有《ちゅうう》の中を所きらわずおどおどと何物かをさがし求めるように輝いた。美しい弧を描いて延びていた眉《まゆ》は、めちゃくちゃにゆがんで、眉間《みけん》の八の字の所に近々と寄り集まった。かさかさにかわききった口びるからは吐く息気《いき》ばかりが強く押し出された。そこにはもう女の姿はなかった。得体《えたい》のわからない動物がもだえもがいているだけだった。
間《ま》を置いてはさし込んで来る痛み……鉄の棒をまっ赤《か》に焼いて、それで下腹の中を所きらわずえぐり回すような[#底本では「やうな」]痛みが来ると、葉子は目も口もできるだけ堅く結んで、息気《いき》もつけなくなってしまった。何人そこに人がいるのか、それを見回すだけの気力もなかった。天気なのかあらしなのか、それもわからなかった。稲妻が空を縫って走る時には、それが自分の痛みが形になって現われたように見えた。少し痛みが退くとほっ[#「ほっ」に傍点]と吐息《といき》をして、助けを求めるようにそこに付いている医員に目ですがった。痛みさえなおしてくれれば殺されてもいいという心と、とうとう自分に致命的な傷を負わしたと恨む心とが入り乱れて、旋風のようにからだじゅうを通り抜けた。倉地がいてくれたら……木村がいてくれたら……あの親切な木村がいてくれたら……そりゃだめだ。もうだめだ。……だめだ。貞世だって苦しんでいるんだ、こんな事で……痛い痛い痛い……つやはいるのか(葉子は思いきって目を開いた。目の中が痛かった)いる。心配そうな顔をして、……うそだあの顔が何が心配そうな顔なものか……みんな他人だ……なんの縁故もない人たちだ……みんなのんきな顔をして何事もせずにただ見ているんだ……この悩みの百分の一でも知ったら……あ、痛い痛い痛い! 定子……お前はまだどこかに生きているのか、貞世は死んでしまったのだよ、定子……わたしも死ぬんだ死ぬよりも苦しい、この苦しみは……ひどい、これで死なれるものか……こんなにされて死なれるものか……何か……どこか……だれか…
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