抑《おさ》えて殺してしまっておくれ。頼むよ。きっと!」
婦人科病院の事とて女の裸体は毎日幾人となく扱いつけているくせに、やはり好奇な目を向けて葉子を見守っているらしい助手たちに、葉子はやせさらばえた自分をさらけ出して見せるのが死ぬよりつらかった。ふとした出来心から岡に対していった言葉が、葉子の頭にはいつまでもこびり付いて、貞世はもうほんとうに死んでしまったもののように思えてしかたがなかった。貞世が死んでしまったのに何を苦しんで手術を受ける事があろう。そう思わないでもなかった。しかし場合が場合でこうなるよりしかたがなかった。
まっ白な手術衣を着た医員や看護婦に囲まれて、やはりまっ白な手術台は墓場のように葉子を待っていた。そこに近づくと葉子はわれにもなく急におびえが出た。思いきり鋭利なメスで手ぎわよく切り取ってしまったらさぞさっぱり[#「さっぱり」に傍点]するだろうと思っていた腰部の鈍痛も、急に痛みが止まってしまって、からだ全体がしびれるようにしゃちこば[#「しゃちこば」に傍点]って冷や汗が額にも手にもしとどに流れた。葉子はただ一つの慰藉《いしゃ》のようにつやを顧みた。そのつやの励ますような顔をただ一つのたよりにして、細かく震えながら仰向けに冷やっとする手術台に横たわった。
医員の一人《ひとり》が白布の口あてを口から鼻の上にあてがった。それだけで葉子はもう息気《いき》がつまるほどの思いをした。そのくせ目は妙にさえて目の前に見る天井板の細かい木理《もくめ》までが動いて走るようにながめられた。神経の末梢《まっしょう》が大風にあったようにざわざわと小気味わるく騒ぎ立った。心臓が息気《いき》苦しいほど時々働きを止めた。
やがて芳芬《ほうふん》の激しい薬滴が布の上にたらされた。葉子は両手の脈所《みゃくどころ》を医員に取られながら、その香《にお》いを薄気味わるくかいだ。
「ひとーつ」
執刀者が鈍い声でこういった。
「ひとーつ」
葉子のそれに応ずる声は激しく震えていた。
「ふたーつ」
葉子は生命の尊《とうと》さをしみじみと思い知った。死もしくは死の隣へまでの不思議な冒険……そう思うと血は凍るかと疑われた。
「ふたーつ」
葉子の声はますます震えた。こうして数を読んで行くうちに、頭の中がしんしんと冴《さ》えるようになって行ったと思うと、世の中がひとりでに遠のくよう
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