た。そして最後にガラスびんを力任せにたたきつけた。びんは目の下で激しくこわれた。そこからあふれ出た水がかわききった縁側板に丸い斑紋《はんもん》をいくつとなく散らかして。
 ふと見ると向こうの屋根の物干し台に浴衣《ゆかた》の類を持って干しに上がって来たらしい女中風の女が、じっ[#「じっ」に傍点]と不思議そうにこっちを見つめているのに気がついた。葉子とは何の関係もないその女までが、葉子のする事を怪しむらしい様子をしているのを見ると、葉子の狂暴な気分はますます募った。葉子は手欄《てすり》に両手をついてぶる[#「ぶる」に傍点]ぶると震えながら、その女をいつまでもいつまでもにらみつけた。女のほうでも葉子の仕打ちに気づいて、しばらくは意趣《いしゅ》に見返すふうだったが、やがて一種の恐怖に襲われたらしく、干し物を竿《さお》に通しもせずにあたふた[#「あたふた」に傍点]とあわてて干し物台の急な階子《はしご》を駆けおりてしまった。あとには燃えるような青空の中に不規則な屋根の波ばかりが目をちかちかさせて残っていた。葉子はなぜにとも知れぬため息を深くついてまんじり[#「まんじり」に傍点]とそのあからさま[#「あからさま」に傍点]な景色《けしき》を夢かなぞのようにながめ続けていた。
 やがて葉子はまたわれに返って、ふくよかな髪の中に指を突っ込んで激しく頭の地《じ》をかきながら部屋に戻《もど》った。
 そこには寝床のそばに洋服を着た一人《ひとり》の男が立っていた。激しい外光から暗い部屋《へや》のほうに目を向けた葉子には、ただまっ黒な立ち姿が見えるばかりでだれとも見分けがつかなかった。しかし手術のために医員の一人が迎えに来たのだと思われた。それにしても障子《しょうじ》のあく音さえしなかったのは不思議な事だ。はいって来ながら声一つかけないのも不思議だ。と、思うと得体《えたい》のわからないその姿は、そのまわりの物がだんだん明らかになって行く間に、たった一つだけまっ黒なままでいつまでも輪郭を見せないようだった。いわば人の形をしたまっ暗な洞穴《ほらあな》が空気の中に出来上がったようだった。始めの間《あいだ》好奇心をもってそれをながめていた葉子は見つめれば見つめるほど、その形に実質がなくって、まっ暗な空虚ばかりであるように思い出すと、ぞーっ[#「ぞーっ」に傍点]と水を浴びせられたように怖毛《おぞけ》をふ
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