く呼びかけた。言葉をかけるとそれでも片づけものの手を置いて葉子のほうに向き直った愛子は、この時ようやく顔を上げておとなしく「はい」と返事をした。葉子の目はすかさずその顔を発矢《はっし》とむちうった。そして寝床の上に半身を肘《ひじ》にささえて起き上がった。車で揺られたために腹部は痛みを増して声をあげたいほどうずいていた。
 「あなたにきょうははっきり[#「はっきり」に傍点]聞いておきたい事があるの……あなたはよもや岡さんとひょん[#「ひょん」に傍点]な約束なんぞしてはいますまいね」
 「いゝえ」
 愛子は手もなく素直《すなお》にこう答えて目を伏せてしまった。
 「古藤さんとも?」
 「いゝえ」
 今度は顔を上げて不思議な事を問いただすというようにじっ[#「じっ」に傍点]と葉子を見つめながらこう答えた。そのタクトがあるような、ないような愛子の態度が葉子をいやが上にいらだたした。岡の場合にはどこか後ろめたくて首をたれたとも見える。古藤の場合にはわざとしら[#「しら」に傍点]を切るために大胆に顔を上げたとも取れる。またそんな意味ではなく、あまり不思議な詰問が二度まで続いたので、二度目には怪訝《けげん》に思って顔を上げたのかとも考えられる。葉子は畳みかけて倉地の事まで問い正そうとしたが、その気分はくだかれてしまった。そんな事を聞いたのが第一愚かだった。隠し立てをしようと決心した以上は、女は男よりもはるかに巧妙で大胆なのを葉子は自分で存分に知り抜いているのだ。自分から進んで内兜《うちかぶと》を見透かされたようなもどかしさ[#「もどかしさ」に傍点]はいっそう葉子の心を憤らした。
 「あなたは二人《ふたり》から何かそんな事をいわれた覚えがあるでしょう。その時あなたはなんと御返事したの」
 愛子は下を向いたまま黙っていた。葉子は図星《ずぼし》をさしたと思って嵩《かさ》にかかって行った。
 「わたしは考えがあるからあなたの口からもその事を聞いておきたいんだよ。おっしゃいな」
 「お二人ともなんにもそんな事はおっしゃりはしませんわ」
 「おっしゃらない事があるもんかね」
 憤怒《ふんぬ》に伴ってさしこんで来る痛みを憤怒と共にぐっ[#「ぐっ」に傍点]と押えつけながら葉子はわざと声を和らげた。そうして愛子の挙動を爪《つめ》の先ほども見のがすまいとした。愛子は黙ってしまった。この沈黙は愛子の隠
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