すよ。汽車の音でもなんでもないんだから、心配せずにお休み……どうして貞世はこんなに怖《こわ》い事ばかりいうようになってしまったんでしょう。夜中などに一人で起きていて囈言《うわごと》を聞くとぞーっとするほど気味が悪くなりますのよ。あなたはどうぞもうお引き取りくださいまし。わたし車屋をやりますから……」
「車屋をおやりになるくらいならわたし行きます」
「でもあなたが倉地さんに何とか思われなさるようじゃお気の毒ですもの」
「わたし、倉地さんなんぞをはばかっていっているのではありません」
「それはよくわかっていますわ。でもわたしとしてはそんな結果も考えてみてからお頼みするんでしたのに……」
こういう押し問答の末に岡はとうとう愛子の迎えに行く事になってしまった。倉地がその夜はきっと愛子の所にいるに違いないと思った葉子は、病院に泊まるものと高《たか》をくくっていた岡が突然|真夜中《まよなか》に訪れて来たので倉地もさすがにあわてずにはいられまい。それだけの狼狽《ろうばい》をさせるにしても快い事だと思っていた。葉子は宿直|部屋《べや》に行って、しだらなく睡入《ねい》った当番の看護婦を呼び起こして人力車《じんりきしゃ》を頼ました。
岡は思い入った様子でそっ[#「そっ」に傍点]と貞世の病室を出た。出る時に岡は持って来たパラフィン紙に包んである包みを開くと美しい花束だった。岡はそれをそっ[#「そっ」に傍点]と貞世の枕《まくら》もとにおいて出て行った。
しばらくすると、しとしとと降る雨の中を、岡を乗せた人力車が走り去る音がかすかに聞こえて、やがて遠くに消えてしまった。看護婦が激しく玄関の戸締まりする音が響いて、そのあとはひっそりと夜がふけた。遠くの部屋でディフテリヤにかかっている子供の泣く声が間遠《まどお》に聞こえるほかには、音という音は絶え果てていた。
葉子はただ一人《ひとり》いたずらに興奮して狂うような自分を見いだした。不眠で過ごした夜が三日も四日も続いているのにかかわらず、睡気《ねむけ》というものは少しも襲って来なかった。重石《おもし》をつり下げたような腰部の鈍痛ばかりでなく、脚部は抜けるようにだるく冷え、肩は動かすたびごとにめり[#「めり」に傍点]めり音がするかと思うほど固く凝り、頭の心《しん》は絶え間なくぎり[#「ぎり」に傍点]ぎりと痛んで、そこからやりどころのな
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