ゃんと知っていながら、葉子はだれもいないもののような心持ちで振る舞っていたのを思うと、自分ながらこのごろは心が狂っているのではないかとさえ疑った。看護婦は倉地と葉子との対話ぶりで、この美しい婦人の素性《すじょう》をのみ込んだというような顔をしていた。岡はさすがにつつましやかに心痛の色を顔に現わして椅子《いす》の背に手をかけたまま立っていた。
 「あゝ、岡さんあなたもわざわざお見舞いくださってありがとうございました」
 葉子は少し挨拶《あいさつ》の機会をおくらしたと思いながらもやさしくこういった。岡は頬《ほお》を紅《あか》らめたまま黙ってうなずいた。
 「ちょうど今見えたもんだで御一緒したが、岡さんはここでお帰りを願ったがいいと思うが……(そういって倉地は岡のほうを見た)何しろ病気が病気ですから……」
 「わたし、貞世さんにぜひお会いしたいと思いますからどうかお許しください」
 岡は思い入ったようにこういって、ちょうどそこに看護婦が持って来た二枚の白い上《うわ》っ張《ぱ》りのうち少し古く見える一枚を取って倉地よりも先に着始めた。葉子は岡を見るともう一つのたくらみ[#「たくらみ」に傍点]を心の中で案じ出していた。岡をできるだけたびたび山内《さんない》の家のほうに遊びに行かせてやろう。それは倉地と愛子とが接触する機会をいくらかでも妨げる結果になるに違いない。岡と愛子とが互いに愛し合うようになったら……なったとしてもそれは悪い結果という事はできない。岡は病身ではあるけれども地位もあれば金もある。それは愛子のみならず、自分の将来に取っても役に立つに相違ない。……とそう思うすぐその下から、どうしても虫の好《す》かない愛子が、葉子の意志の下《もと》にすっかり[#「すっかり」に傍点]つなぎつけられているような岡をぬすんで行くのを見なければならないのが面《つら》憎くも妬《ねた》ましくもあった。
 葉子は二人《ふたり》の男を案内しながら先に立った。暗い長い廊下の両側に立ちならんだ病室の中からは、呼吸困難の中からかすれたような声でディフテリヤらしい幼児の泣き叫ぶのが聞こえたりした。貞世の病室からは一人《ひとり》の看護婦が半ば身を乗り出して、部屋《へや》の中に向いて何かいいながら、しきりとこっちをながめていた。貞世の何かいい募る言葉さえが葉子の耳に届いて来た。その瞬間にもう葉子はそこに倉地
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