って行く奔放な放埒《ほうらつ》な醜行を訴えたに違いない。葉子の愛子と貞世とに対する偏頗《へんぱ》な愛憎と、愛子の上に加えられる御殿女中|風《ふう》な圧迫とを嘆いたに違いない。しかもそれをあの女に特有な多恨らしい、冷ややかな、さびしい表現法で、そして息気《いき》づまるような若さと若さとの共鳴の中に……。
勃然《ぼつぜん》として焼くような嫉妬《しっと》が葉子の胸の中に堅く凝《こご》りついて来た。葉子はすり寄っておどおどしている岡の手を力強く握りしめた。葉子の手は氷のように冷たかった。岡の手は火鉢《ひばち》にかざしてあったせいか、珍しくほてって臆病《おくびょう》らしい油汗が手のひらにしとどににじみ出ていた。
「あなたはわたしがおこわいの」
葉子はさりげなく岡の顔をのぞき込むようにしてこういった。
「そんな事……」
岡はしょう事なしに腹を据《す》えたように割合にしゃん[#「しゃん」に傍点]とした声でこういいながら、葉子の目をゆっくり[#「ゆっくり」に傍点]見やって、握られた手には少しも力をこめようとはしなかった。葉子は裏切られたと思う不満のためにもうそれ以上冷静を装ってはいられなかった。昔のようにどこまでも自分を失わない、粘り気《け》の強い、鋭い神経はもう葉子にはなかった。
「あなたは愛子を愛していてくださるのね。そうでしょう。わたしがここに来る前愛子はあんなに泣いて何を申し上げていたの?……おっしゃってくださいな。愛子があなたのような方に愛していただけるのはもったいないくらいですから、わたし喜ぶともとがめ立てなどはしません、きっと。だからおっしゃってちょうだい。……いゝえ、そんな事をおっしゃってそりゃだめ、わたしの目はまだこれでも黒うござんすから。……あなたそんな水臭いお仕向けをわたしになさろうというの? まさかとは思いますがあなたわたしにおっしゃった事を忘れなさっちゃ困りますよ。わたしはこれでも真剣な事には真剣になるくらいの誠実はあるつもりです事よ。わたしあなたのお言葉は忘れてはおりませんわ。姉だと今でも思っていてくださるならほんとうの事をおっしゃってください。愛子に対してはわたしはわたしだけの事をして御覧に入れますから……さ」
そう疳走《かんばし》った声でいいながら葉子は時々握っている岡の手をヒステリックに激しく振り動かした。泣いてはならぬと思えば思うほ
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