ウゴウと杉森《すぎもり》にあたって物すごい音を立て始めた。どこにか春をほのめかすような日が来たりしたあとなので、ことさら世の中が暗澹《あんたん》と見えた。雪でもまくしかけて来そうに底冷えがするので、葉子は茶の間に置きごたつを持ち出して、倉地の着がえをそれにかけたりした。土曜だから妹たちは早びけだと知りつつも倉地はものぐさそうに外出のしたくにかからないで、どてらを引っかけたまま火鉢《ひばち》のそばにうずくまっていた。葉子は食器を台所のほうに運びながら、来たり行ったりするついでに倉地と物をいった。台所に行った葉子に茶の間から大きな声で倉地がいいかけた。
 「おいお葉(倉地はいつのまにか葉子をこう呼ぶようになっていた)おれはきょうは二人《ふたり》に対面して、これから勝手に出はいりのできるようにするぞ」
 葉子は布巾《ふきん》を持って台所のほうからいそいそと茶の間に帰って来た。
 「なんだってまたきょう……」
 そういってつき膝《ひざ》をしながらちゃぶ[#「ちゃぶ」に傍点]台をぬぐった。
 「いつまでもこうしているが気づまりでようないからよ」
 「そうねえ」
 葉子はそのままそこにすわり込んで布巾《ふきん》をちゃぶ[#「ちゃぶ」に傍点]台にあてがったまま考えた。ほんとうはこれはとうに葉子のほうからいい出すべき事だったのだ。妹たちのいないすきか、寝てからの暇をうかがって、倉地と会うのは、始めのうちこそあいびき[#「あいびき」に傍点]のような興味を起こさせないでもないと思ったのと、葉子は自分の通って来たような道はどうしても妹たちには通らせたくないところから、自分の裏面をうかがわせまいという心持ちとで、今までついずるずるに妹たちを倉地に近づかせないで置いたのだったが、倉地の言葉を聞いてみると、そうしておくのが少し延び過ぎたと気がついた。また新しい局面を二人《ふたり》の間に開いて行くにもこれは悪い事ではない。葉子は決心した。
 「じゃきょうにしましょう。……それにしても着物だけは着かえていてくださいましな」
 「よし来た」
 と倉地はにこ[#「にこ」に傍点]にこしながらすぐ立ち上がった。葉子は倉地の後ろから着物を羽織《はお》っておいて羽がいに抱きながら、今さらに倉地の頑丈《がんじょう》な雄々しい体格を自分の胸に感じつつ、
 「それは二人ともいい子よ。かわいがってやってくださいましよ
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