日ごろは見向きもしなかった親類たちが寄り集まって来て、早月家《さつきけ》には毛の末ほども同情のない心で、早月家の善後策について、さも重大らしく勝手気ままな事を親切ごかしにしゃべり[#「しゃべり」に傍点]散らすのを聞かされた時、どうにでもなれという気になって、暴《あば》れ抜いた事が、自分にさえ悲しい思い出となって、葉子の頭の中を矢のように早くひらめき通った。葉子の顔には人に譲ってはいない自信の色が現われ始めた。
「母の初七日《しょなぬか》の時もね、わたしはたて続けにビールを何杯飲みましたろう。なんでもびんがそこいらにごろごろころがりました。そしてしまいには何がなんだか夢中になって、宅に出入りするお医者さんの膝《ひざ》を枕《まくら》に、泣き寝入りに寝入って、夜中《よなか》をあなた二時間の余《よ》も寝続けてしまいましたわ。親類の人たちはそれを見ると一人帰り二人帰りして、相談も何もめちゃくちゃになったんですって。母の写真を前に置いといて、わたしはそんな事までする人間ですの。おあきれになったでしょうね。いやなやつでしょう。あなたのような方から御覧になったら、さぞいやな気がなさいましょうねえ」
「えゝ」
と古藤は目も動かさずにぶっきらぼう[#「ぶっきらぼう」に傍点]に答えた。
「それでもあなた」
と葉子は切《せつ》なさそうに半ば起き上がって、
「外面《うわつら》だけで人のする事をなんとかおっしゃるのは少し残酷ですわ。……いゝえね」
と古藤の何かいい出そうとするのをさえぎって、今度はきっ[#「きっ」に傍点]とすわり直った。
「わたしは泣き言《ごと》をいって他人様《ひとさま》にも泣いていただこうなんて、そんな事はこれんばかりも思やしませんとも……なるならどこかに大砲《おおづつ》のような大きな力の強い人がいて、その人が真剣に怒《おこ》って、葉子のような人非人《にんぴにん》はこうしてやるぞといって、わたしを押えつけて心臓でも頭でもくだけて飛んでしまうほど折檻《せっかん》をしてくれたらと思うんですの。どの人もどの人もちゃん[#「ちゃん」に傍点]と自分を忘れないで、いいかげんに怒《おこ》ったり、いいかげんに泣いたりしているんですからねえ。なんだってこう生温《なまぬる》いんでしょう。
義一《ぎいち》さん(葉子が古藤をこう名で呼んだのはこの時が始めてだった)あなたがけさ、心《しん》の正直ななんとかだとおっしゃった木村に縁づくようになったのも、その晩の事です。五十川《いそがわ》が親類じゅうに賛成さして、晴れがましくもわたしをみんなの前に引き出しておいて、罪人にでもいうように宣告してしまったのです。わたしが一口でもいおうとすれば、五十川のいうには母の遺言ですって。死人に口なし。ほんとに木村はあなたがおっしゃったような人間ね。仙台であんな事があったでしょう。あの時知事の奥さんはじめ母のほうはなんとかしようが娘のほうは保証ができないとおっしゃったんですとさ」
いい知らぬ侮蔑《ぶべつ》の色が葉子の顔にみなぎった。
「ところが木村は自分の考えを押し通しもしないで、おめおめと新聞には母だけの名を出してあの広告をしたんですの。
母だけがいい人になればだれだってわたしを……そうでしょう。そのあげくに木村はしゃあ[#「しゃあ」に傍点]しゃあとわたしを妻にしたいんですって、義一さん、男ってそれでいいものなんですか。まあね物の譬《たと》えがですわ。それとも言葉ではなんといってもむだだから、実行的にわたしの潔白を立ててやろうとでもいうんでしょうか」
そういって激昂《げきこう》しきった葉子はかみ捨てるようにかん高《だか》くほゝ[#「ほゝ」に傍点]と笑った。
「いったいわたしはちょっとした事で好ききらいのできる悪い質《たち》なんですからね。といってわたしはあなたのような生《き》一本でもありませんのよ。
母の遺言だから木村と夫婦になれ。早く身を堅めて地道《じみち》に暮らさなければ母の名誉をけがす事になる。妹だって裸でお嫁入りもできまいといわれれば、わたし立派《りっぱ》に木村の妻になって御覧にいれます。その代わり木村が少しつらいだけ。
こんな事をあなたの前でいってはさぞ気を悪くなさるでしょうが、真直《まっすぐ》なあなただと思いますから、わたしもその気で何もかも打ち明けて申してしまいますのよ。わたしの性質や境遇はよく御存じですわね。こんな性質でこんな境遇にいるわたしがこう考えるのにもし間違いがあったら、どうか遠慮なくおっしゃってください。
あゝいやだった事。義一さん、わたしこんな事はおくびにも出さずに今の今までしっかり胸にしまって我慢していたのですけれども、きょうはどうしたんでしょう、なんだか遠い旅にでも出たようなさびしい気になってしまって……」
弓弦《
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