った。同じ胎《はら》を借りてこの世に生まれ出た二人《ふたり》の胸には、ひたと共鳴する不思議な響きが潜んでいた。葉子は吸い取られるようにその響きに心を集めていたが、果ては寂しい、ただ寂しい涙がほろほろととめどなく流れ出るのだった。
一家の離散を知らぬ顔で、女の身そらをただひとり米国の果てまでさすらって行くのを葉子は格別なんとも思っていなかった。振り分け髪の時分から、飽くまで意地《いじ》の強い目はしのきく性質を思うままに増長さして、ぐんぐんと世の中をわき目もふらず押し通して二十五になった今、こんな時にふと過去を振り返って見ると、いつのまにかあたりまえの女の生活をすりぬけて、たった一人《ひとり》見も知らぬ野ずえに立っているような思いをせずにはいられなかった。女学校や音楽学校で、葉子の強い個性に引きつけられて、理想の人ででもあるように近寄って来た少女たちは、葉子におど[#「おど」に傍点]おどしい同性の恋をささげながら、葉子に inspire されて、われ知らず大胆な奔放な振る舞いをするようになった。そのころ「国民文学」や「文学界」に旗挙《はたあ》げをして、新しい思想運動を興そうとした血気なロマンティックな青年たちに、歌の心を授けた女の多くは、おおかた葉子から血脈を引いた少女らであった。倫理学者や、教育家や、家庭の主権者などもそのころから猜疑《さいぎ》の目を見張って少女国を監視し出した。葉子の多感な心は、自分でも知らない革命的ともいうべき衝動のためにあてもなく揺《ゆる》ぎ始めた。葉子は他人を笑いながら、そして自分をさげすみながら、まっ暗な大きな力に引きずられて、不思議な道に自覚なく迷い入って、しまいにはまっしぐらに走り出した。だれも葉子の行く道のしるべをする人もなく、他の正しい道を教えてくれる人もなかった。たまたま大きな声で呼び留める人があるかと思えば、裏表《うらおもて》の見えすいたぺてん[#「ぺてん」に傍点]にかけて、昔のままの女であらせようとするものばかりだった。葉子はそのころからどこか外国に生まれていればよかったと思うようになった。あの自由らしく見える女の生活、男と立ち並んで自分を立てて行く事のできる女の生活……古い良心が自分の心をさいなむたびに、葉子は外国人の良心というものを見たく思った。葉子は心の奥底でひそかに芸者《げいしゃ》をうらやみもした。日本で女が女らしく生
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