を楽しむという父に似た性格さえこましゃくれて見えた。ことに東京生まれといってもいいくらい都慣れた言葉や身のこなしの間に、ふと東北の郷土の香《にお》いをかぎ出した時にはかんで捨てたいような反感に襲われた。葉子の心は今、おぼろげな回想から、実際|膝《ひざ》つき合cPた時にいやだと思った印象に移って行った。そして手に持った晴れ着をトランクに入れるのを控えてしまった。長くなり始めた夜もそのころにはようやく白《しら》み始めて、蝋燭《ろうそく》の黄色い焔《ほのお》が光の亡骸《なきがら》のように、ゆるぎもせずにともっていた。夜の間《あいだ》静まっていた西風が思い出したように障子にぶつかって、釘店《くぎだな》の狭い通りを、河岸《かし》で仕出しをした若い者が、大きな掛け声でがらがらと車をひきながら通るのが聞こえ出した。葉子はきょう一日に目まぐるしいほどあるたくさんの用事をちょっと胸の中で数えて見て、大急ぎでそこらを片づけて、錠をおろすものには錠をおろし切って、雨戸を一枚繰って、そこからさし込む光で大きな手文庫からぎっしり[#「ぎっしり」に傍点]つまった男文字の手紙を引き出すと風呂敷《ふろしき》に包み込んだ。そしてそれをかかえて、手燭《てしょく》を吹き消しながら部屋《へや》を出ようとすると、廊下に叔母《おば》が突っ立っていた。
 「もう起きたんですね……片づいたかい」
 と挨拶《あいさつ》してまだ何かいいたそうであった。両親を失ってからこの叔母夫婦と、六歳になる白痴の一人息子《ひとりむすこ》とが移って来て同居する事になったのだ。葉子の母が、どこか重々しくって男々《おお》しい風采《ふうさい》をしていたのに引きかえ、叔母は髪の毛の薄い、どこまでも貧相に見える女だった。葉子の目はその帯《おび》しろ裸《はだか》な、肉の薄い胸のあたりをちらっ[#「ちらっ」に傍点]とかすめた。
 「おやお早うございます……あらかた片づきました」
 といってそのまま二階に行こうとすると、叔母は爪《つめ》にいっぱい垢《あか》のたまった両手をもやもやと胸の所でふりながら、さえぎるように立ちはだかって、
 「あのお前さんが片づける時にと思っていたんだがね。あすのお見送りに私は着て行くものが無いんだよ。おかあさんのもので間《ま》に合うのは無いだろうかしらん。あすだけ借りればあとはちゃんと始末をして置くんだからちょっと見てお
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