うのを葉子は耳にも入れないふうで、
 「ほんとにばかねわたしは……思いやりもなんにもない事を申し上げてしまって、どうしましょうねえ。……もうわたしどんな事があってもそのお金だけはいただきません事よ。こういったらだれがなんといったってだめよ」
 ときっぱり[#「きっぱり」に傍点]いい切ってしまった。木村はもとより一度いい出したらあとへは引かない葉子の日ごろの性分を知り抜いていた。で、言わず語らずのうちに、その金は品物にして持って帰らすよりほかに道のない事を観念したらしかった。
    *    *    *
 その晩、事務長が仕事を終えてから葉子の部屋《へや》に来ると、葉子は何か気に障《さ》えたふうをしてろくろくもてなしもしなかった。
 「とうとう形《かた》がついた。十九日の朝の十時だよ出航は」
 という事務長の快活な言葉に返事もしなかった。男は怪訝《けげん》な顔つきで見やっている。
 「悪党」
 としばらくしてから、葉子は一言《ひとこと》これだけいって事務長をにらめた。
 「なんだ?」
 と尻上《しりあ》がりにいって事務長は笑っていた。
 「あなたみたいな残酷な人間はわたし始めて見た。木村を御覧なさいかわいそうに。あんなに手ひどくしなくったって……恐ろしい人ってあなたの事ね」
 「何?」
 とまた事務長は尻上がりに大きな声でいって寝床に近づいて来た。
 「知りません」
 と葉子はなお怒《おこ》って見せようとしたが、いかにも刻みの荒い、単純な、他意のない男の顔を見ると、からだのどこかが揺《ゆす》られる気がして来て、わざと引き締めて見せた口びるのへんから思わずも笑いの影が潜み出た。
 それを見ると事務長は苦《にが》い顔と笑った顔とを一緒にして、
 「なんだいくだらん」
 といって、電燈の近所に椅子《いす》をよせて、大きな長い足を投げ出して、夕刊新聞を大きく開いて目を通し始めた。
 木村とは引きかえて事務長がこの部屋に来ると、部屋が小さく見えるほどだった。上向けた靴《くつ》の大きさには葉子は吹き出したいくらいだった。葉子は目でなでたりさすったりするようにして、この大きな子供みたような暴君の頭から足の先までを見やっていた。ごわっ[#「ごわっ」に傍点]ごわっと時々新聞を折り返す音だけが聞こえて、積み荷があらかた片付いた船室の夜は静かにふけて行った。
 葉子はそうしたままでふと
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