た暇乞《いとまご》いに来たというのだった。葉子は紅《あか》くなった目を少し恥ずかしげにまたたかせながら、いろいろと慰めた。
「何ねこう老いぼれちゃ、こんな稼業《かぎょう》をやってるがてんで[#「てんで」に傍点]うそなれど、事務長さんとボンスン(水夫長)とがかわいそうだといって使ってくれるで、いい気になったが罰《ばち》あたったんだね」
といって臆病《おくびょう》に笑った。葉子がこの老人をあわれみいたわるさまはわき目もいじらしかった。日本には伝言を頼むような近親《みより》さえない身だというような事を聞くたびに、葉子は泣き出しそうな顔をして合点合点していたが、しまいには木村の止めるのも聞かず寝床から起き上がって、木村の持って来た果物《くだもの》をありったけ籃《かご》につめて、
「陸《おか》に上がればいくらもあるんだろうけれども、これを持っておいで。そしてその中に果物でなくはいっているものがあったら、それもお前さんに上げたんだからね、人に取られたりしちゃいけませんよ」
といってそれを渡してやった。
老人が来てから葉子は夜が明けたように始めて晴れやかなふだんの気分になった。そして例のいたずららしいにこにこした愛矯《あいきょう》を顔いちめんにたたえて、
「なんという気さく[#「さく」に傍点]なんでしょう。わたし、 あんなおじいさんのお内儀《かみ》さんになってみたい……だからね、いいものをやっちまった」
きょとり[#「きょとり」に傍点]としてまじ[#「まじ」に傍点]まじ木村のむっつり[#「むっつり」に傍点]とした顔を見やる様子は大きな子供とより思えなかった。
「あなたからいただいたエンゲージ・リングね、あれをやりましてよ。だってなんにもないんですもの」
なんともいえない媚《こ》びをつつむおとがい[#「おとがい」に傍点]が二重になって、きれいな歯並みが笑いのさざ波のように口びるの汀《みぎわ》に寄せたり返したりした。
木村は、葉子という女はどうしてこうむら[#「むら」に傍点]気で上《うわ》すべりがしてしまうのだろう、情けないというような表情を顔いちめんにみなぎらして、何かいうべき言葉を胸の中で整えているようだったが、急に思い捨てたというふうで、黙ったままでほっ[#「ほっ」に傍点]と深いため息をついた。
それを見ると今まで珍しく押えつけられていた反抗心が、またも
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