つもりでいったのだ。船長があわてて何かささやくと、老人はからからと笑ってちょっと首を引っ込ませながら、もう一度振り返って葉子を見た。
その毒気なくからからと笑う声が、恐ろしく気に入ったばかりでなく、かわいて晴れ渡った秋の朝の空となんともいえない調和をしていると思いながら葉子は聞いた。そしてその老人の背中でもなでてやりたいような気になった。船は小動《こゆる》ぎもせずにアメリカ松の生《は》え茂った大島小島の間を縫って、舷側《げんそく》に来てぶつかるさざ波の音ものどかだった。そして昼近くなってちょっとした岬《みさき》をくるり[#「くるり」に傍点]と船がかわすと、やがてポート・タウンセンドに着いた。そこでは米国官憲の検査が型ばかりあるのだ。くずした崕《がけ》の土で埋め立てをして造った、桟橋まで小さな漁村で、四角な箱に窓を明けたような、生々《なまなま》しい一色のペンキで塗り立てた二三階建ての家並《やな》みが、けわしい斜面に沿うて、高く低く立ち連なって、岡の上には水上げの風車が、青空に白い羽根をゆるゆる動かしながら、かったんこっとん[#「かったんこっとん」に傍点]とのんきらしく音を立てて回っていた。鴎《かもめ》が群れをなして猫《ねこ》に似た声でなきながら、船のまわりを水に近くのどかに飛び回るのを見るのも、葉子には絶えて久しい物珍しさだった。飴屋《あめや》の呼び売りのような声さえ町のほうから聞こえて来た。葉子はチャート・ルームの壁にもたれかかって、ぽかぽかとさす秋の日の光を頭から浴びながら、静かな恵み深い心で、この小さな町の小さな生活の姿をながめやった。そして十四日の航海の間に、いつのまにか海の心を心としていたのに気がついた。放埒《ほうらつ》な、移り気《ぎ》な、想像も及ばぬパッションにのたうち回ってうめき悩むあの大海原《おおうなばら》――葉子は失われた楽園を慕い望むイヴのように、静かに小さくうねる水の皺《しわ》を見やりながら、はるかな海の上の旅路を思いやった。
「早月さん、ちょっとそこからでいい、顔を貸してください」
すぐ下で事務長のこういう声が聞こえた。葉子は母に呼び立てられた少女のように、うれしさに心をときめかせながら、船橋の手欄《てすり》から下を見おろした。そこに事務長が立っていた。
「One more over there,look!」
こういいながら、米国の税
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