張しながらもその男の顔を珍らしげに見入らない訳には行かなかった。彼れは辞儀一つしなかった。
赤坊が縊《くび》り殺されそうに戸の外で泣き立てた。彼れはそれにも気を取られていた。
上框《あがりがまち》に腰をかけていたもう一人の男はやや暫《しば》らく彼れの顔を見つめていたが、浪花節《なにわぶし》語りのような妙に張りのある声で突然口を切った。
「お主は川森さんの縁《ゆかり》のものじゃないんかの。どうやら顔が似とるじゃが」
今度は彼れの返事も待たずに長顔の男の方を向いて、
「帳場《ちょうば》さんにも川森から話《はな》いたはずじゃがの。主《ぬし》がの血筋を岩田が跡に入れてもらいたいいうてな」
また彼れの方を向いて、
「そうじゃろがの」
それに違いなかった。しかし彼れはその男を見ると虫唾《むしず》が走った。それも百姓に珍らしい長い顔の男で、禿《は》げ上《あが》った額から左の半面にかけて火傷《やけど》の跡がてらてらと光り、下瞼《したまぶた》が赤くべっかんこをしていた。そして唇《くちびる》が紙のように薄かった。
帳場と呼ばれた男はその事なら飲み込めたという風に、時々|上眼《うわめ》で睨
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