きに結んで美しい狐色に変った。
「こんなに亜麻をつけては仕様《しよう》がねえでねえか。畑が枯れて跡地には何んだって出来はしねえぞ。困るな」
ある時帳場が見廻って来て、仁右衛門にこういった。
「俺《お》らがも困るだ。汝《わ》れが困ると俺らが困るとは困りようが土台ちがわい。口が干上《ひあが》るんだあぞ俺《おら》がのは」
仁右衛門は突慳貪《つっけんどん》にこういい放った。彼れの前にあるおきて[#「おきて」に傍点]は先ず食う事だった。
彼れはある日亜麻の束を見上げるように馬力に積み上げて倶知安《くっちゃん》の製線所に出かけた。製線所では割合に斤目《はかり》をよく買ってくれたばかりでなく、他の地方が不作なために結実がなかったので、亜麻種《あまだね》を非常な高値《たかね》で引取る約束をしてくれた。仁右衛門の懐の中には手取り百円の金が暖くしまわれた。彼れは畑にまだしこたま残っている亜麻の事を考えた。彼れは居酒屋に這入《はい》った。そこにはK村では見られないような綺麗《きれい》な顔をした女もいた。仁右衛門の酒は必ずしも彼れをきまった型には酔わせなかった。或る時は彼れを怒りっぽく、或る時は悒鬱《ゆううつ》に、或る時は乱暴に、或る時は機嫌よくした。その日の酒は勿論《もちろん》彼れを上機嫌にした。一緒に飲んでいるものが利害関係のないのも彼れには心置きがなかった。彼れは酔うままに大きな声で戯談口《じょうだんぐち》をきいた。そういう時の彼れは大きな愚かな子供だった。居合せたものはつり込まれて彼れの周囲に集った。女まで引張られるままに彼れの膝に倚《よ》りかかって、彼れの頬《ほお》ずりを無邪気に受けた。
「汝《われ》がの頬に俺《おら》が髭《ひげ》こ生《お》えたらおかしかんべなし」
彼れはそんな事をいった。重いその口からこれだけの戯談が出ると女なぞは腹をかかえて笑った。陽《ひ》がかげる頃に彼れは居酒屋を出て反物屋《たんものや》によって華手《はで》なモスリンの端切《はぎ》れを買った。またビールの小瓶《こびん》を三本と油糟《あぶらかす》とを馬車に積んだ。倶知安《くっちゃん》からK村に通う国道はマッカリヌプリの山裾《やますそ》の椴松帯《とどまつたい》の間を縫っていた。彼れは馬力の上に安座《あぐら》をかいて瓶から口うつしにビールを煽《あお》りながら濁歌《だみうた》をこだま[#「こだま」に傍点
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