迄も可愛がつて上げるから、碌でなしの父ちやんなんか何處かへ行つて一生歸つて來んけりやいゝ」
このやうな憶ひ出も身につまされて哀しく、圭一郎は子供に苛酷だつたいろ/\の場合の過去が如實に心に思ひ返されて、彼は醜い自分といふものが身の置きどころもない程不快だつた。一度根に持つた感情が、それは決して歳月の流れに流されて子供の腦裏から消え去るものとは考へられない。甘んじて報いをうけなければならぬ避けがたい子供の復讐をも彼は覺悟しないわけにはいかなかつた。
圭一郎は息詰るやうな激しい後悔と恐怖とを新にして魂をゆすぶられるのであつた。そして捕捉しがたい底知れない不安が、どうなることであらう自分達の將來に、また頼りない二人の老い先にまで、染々《しみ/″\》と思ひ及ぼされた。
同じ思ひは千登世には殊に深かつた。
「わたし達も子供が欲しいわ。ね、お願ひですからあんな不自然なことは止して下さいな」
「…………」
「手足の自由のきく若い間はそれでもいゝけれど、年寄つてから、あなた、どうなさるおつもり? 縋《すが》らう子供のない老い先のことを少しは考へて見て下さい。ほんたうにこんな慘めなこつたらありやしませんよ。とりわけ私達は斯うなつてみれば誰一人として親身のもののない身の上ぢやありませんか。わたし思ふとぞつとするわ」
千登世は仕上の縫物に火熨斗《ひのし》をかける手を休めて、目顏を嶮しくして圭一郎を詰《なじ》つたが、直ぐ心細さうに萎《しを》れた語氣で言葉を繼いだ。
「でもね、假令《たとへ》、子供が出來たとしても、戸籍のことはどうしたらいゝでせう。わたし、自分の可愛い子供に私生兒なんていふ暗い運命は荷なはせたくないの。それこそ死ぬより辛いことですわ」
圭一郎は急所をぐつと衝かれ、切なさが胸に悶えて返す言葉に窮した。Y町で二人の戀愛が默つた悲しみの間に萌《きざ》し、やがて拔き差しのならなくなつた時、千登世は、圭一郎が正式に妻と別れる日迄幾年でも待ち續けると言つたのだが、彼は一剋《いつこく》に背水の陣を敷いての上で故郷に鬪ひを挑むからと其場限りの僞りの策略で言葉巧みに彼女を籠絡《ろうらく》した。もちろん圭一郎は千登世を正妻に据ゑるため妻を離縁するなどといふ沒義道《もぎだう》な交渉を渡り合ふ意は毛頭なかつた。偶然か、時に意識的に彼女が觸れようとするY町での堅い約束には手蓋を蔽うて有耶《う
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