会ふのは考へもんやないかなア。」と、源太郎も思案に余つた。
九
日本橋の詰で、叔父を終夜運転の電車に乗せて、子供の多い上町《うへまち》の家へ帰してから、お文は道頓堀でまだ起きてゐた蒲鉾《かまぼこ》屋に寄つて、鱧《はも》の皮を一円買ひ、眠さうにしてゐる丁稚《でつち》に小包郵便の荷作《につくり》をさして、それを提げると、急ぎ足に家へ帰つた。
三畳では母のお梶がまだ寝付かずにゐるらしいので、鱧の皮の小包を窃《そつ》と銀場の下へ押し込んで、下の便所へ行つて、電燈の栓を捻ると、パツとした光の下に、男女二人の雇人の立つてゐる影を見出した。
「また留吉にお鶴やないか。……今から出ていとくれ。この月の給金を上げるよつて。……お前らのやうなもんがゐると、家中の示しが付かん。」
寝てゐる雇人等が皆眼を覚ますほどの声を立てて、お文は癇癪《かんしやく》の筋をピク/\と額に動かした。
「何んやいな、今時分に大けな声して。……兎も角|明日《あした》のことにしたらえゝ。」と、お梶が寝衣《ねまき》姿で寒さうに出て来たのを機会《しほ》に、二人の雇人は、別れ/\に各の寝床へ逃げ込んで行つた。
まだブツ/\言ひながら、表の戸締をして、鍵を例《いつ》ものやうに懐中深く捻《ね》ぢ込んだお文は、今しがた銀場の下へ入れた鱧の皮の小包を一寸撫でて見て、それから自分も寝支度にかゝつた。
[#地から2字上げ](大正三年一月)
底本:「現代日本文學大系 21 岩野泡鳴 上司小劍 眞山青果 近松秋江集」筑摩書房
1970(昭和45)年10月5日初版第1刷発行
1975(昭和50)年3月5日第5刷発行
初出:「ホトトギス」
1914(大正3)年1月
入力:鈴木厚司
校正:林 幸雄
2001年3月2日公開
2005年12月8日修正
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