。」
「別に何でもありません。八重さのは暑中見舞いですし、弟様のは礼状です。」
「それだけか?」
「え、それッ限です。」
「ふーむ。」
 恭三の素気《そっけ》ない返事がひどく父の感情を害したらしい。それに今晩は酒が手伝って居る。それでも暫《しばら》くの間は何とも言わなかった。やがてもう一度「ふーむ」といってそれから独言《ひとりごと》の様に「そうか、何ちゅうのー。」と不平らしく恨めし相に言った。
 恭三は父の心を察した。済まないとは思ったが、さて何とも言い様がなかった。
「もう宜い、/\、お前に読んで貰わんわい、これから……。へむ、何たい。あんまり……。」
 恭三はつとめて平気に、
「このお父さまは何を仰有《おっしゃ》るんです。何も別にそれより外のことはないのですよ。」
 父は赫《かっ》と怒った。
「馬鹿言えッ! それならお前に読うで貰わいでも、己《お》りゃちゃんと知っとるわい。」
「でも一つは暑中見舞だし、一つは長々お世話になったという礼状ですもの。他に言い様がないじゃありませんか。」
「それだけなら、おりゃ眼が見えんでも知っとるわい。先刻《さきがた》郵便が来たとき、何処から来たのかと
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