か一寸分らなかった。
「私は弟に頼んだんです。浅七、おれの代理をつとめて呉れよ。」と彼は深く考えもせずに言った。
これを聞いて父は大に満足したという風であった。
「そうか/\、そんなら宜い。」
こう言つて妙な声で唄い出した。
足を洗ってからも尚お暫く父は上らなかった。
「さあ、宜い加減にして上ろうぞ。」と母はお膳を並べた。
皆膳に向った。けれども父は如何にしても箸を取ろうとはしなかった。
「恭三、お前は己の帰るのを飯も食わずに待って居ったのか。」
「え。」
「浅七もか?」
「あい、待って居ました。」
「そうか、よく待って居った。さあ己りゃ飯を食べるぞ、いゝか。」
「さあ一緒に食べんかいねえ。」と母は箸箱を手に取った。
父は「ふふーむ。」と笑って居てなか/\膳に向わなかった。囲炉裏に向って、胡座《あぐら》の膝に両手をさしちがえて俯向《うつむ》き加減になって、つまった鼻をプン/\言わせて居た。酒に酔うと何時でも鼻をつまらせるのが癖であった。
「さあ、早く食べんかいねえ。」と母は又促した。
「おりゃ食いとうない。お前等先に食え。」
「そんなことを言わんと、一緒に食べんかいね、此人あ、皆な腹減らかいて待って居ったのに。」
「お、そうか/\、有り難い。今食べるぞ。」と言ったが中々食べかけなかった。
[#ここから2字下げ]
「山高帽子が流行して、
禿げた頭が便利だね。オッペケペ……」
[#ここで字下げ終わり]
こう唄って「ハハゝゝ」と大声に笑った。
母はもどかしそうに、
「もう関わんと先に食べんかの」と恭三に向って言った。
「お父さん、少し食べないと、夜またお腹《なか》が減《す》きますぞ。」と恭三はすゝめた。
父は一寸頭だけふり向けて恭三の顔をじろりと眺めた。充血した眼は大方ふさぎかゝって居た。てか/\と赤光に光った額には大きな皺が三四筋刻んだ様に深くなって居るのが恭三の眼にとまった。
「さあ早う、お汁が冷《さ》めるにな。」
母は自烈体《じれった》そうに言って箸を取った。
「うむ……。」と父は独り合点して又笑った。「今日は本当ね、面白い祭じゃった。」
「一寸祭の話でもして聞かせて下さい。」と恭三は飯を盛りながら言った。
「よし/\。」
父が祭の話をし始める時分には皆な飯を済まして居た。それでもまだ彼は食べかけなかった。そして種々と祭の話をした。同じこ
前へ
次へ
全12ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
加能 作次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング