と登って後、急な降りになっている。ここで左の大きな尾根に迷い込んだが、右側の尾根が本尾根であった。本尾根はちょっと痩せていたのでスキーをぬいだ。その頃から張りシートがまたまくれてきて登行が困難になった。取付シールを持たなかったことを後悔する。そのうえシールが不完全なため杖に無理がきて、半分折れていた片方の杖が完全に根本から折れて、リングがはずれてしまった。修繕するのはうるさいと思ったのでそのまま捨ててしまったが、リングの無い杖は殆んど役に立たない。この晩は霧が深くて方角もわからず、地図を見たり考えたりするのに時間を取られ、そのうえシールがまくれてゆるい登りでも後辷りするので、意外に道がはかどらなかった。
二十一日の朝になったが、天候は少しもよくならない。ちょっと登りがあったので一〇五七メートルの峰だと思う。そこでまたコッヘルを使用して朝食をした。これで食糧は完全に無くなってしまった。しかし三ッヶ谷まではそう遠くはないし、あそこには何度も登ったことがあるので、どんなに霧が深くてもわけなく菅原村へ下れると思って安心していた。ところが事実はそうでなく晴天の日に登った経験はなんら用をなさなか
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