雪煙を上げている。唐沢を少し登る。横尾の岩場に塵雪崩が始終懸っているのがよく見える。

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二十三日 快晴 四・三〇発 六・三〇横尾岩小屋 八・〇〇唐沢出合 一一・四五唐沢岳直下スキー・デポ 〇・三〇穂高小屋 一・二五奥穂高頂上 二・〇五穂高小屋 二・二五唐沢岳頂上 二・三五穂高小屋 二・四五―三・〇〇スキー・デポ 三・三〇北穂側スキー・デポ 四・一〇北穂ノ肩 五・〇〇北穂高頂上 五・五〇北穂ノ肩 六・〇〇スキー・デポ 八・三〇―九・三〇横尾岩小屋 翌朝三・〇〇上高地温泉
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 このたびは北穂にも近いようにスキー・デポを唐沢岳直下にした。いつも登る谷には奥穂の例の岩場のすぐ東側から一直線に池ノ平まで雪崩が出ていた。これは昨日の降雪で出たらしい。一昨日には見えなかったから。奥穂の岩場は去年の四月に比べて非常に楽だった。岩登りの凄いのは、やはり、三、四月頃の岩に雪が凍りついたときだろう。今日は風も無く暖かい。奥穂頂上で零下二度。これは明日の大雨の前兆だった。北穂も思ったより簡単に登れた。

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二十四日 風雨 七・三〇発 九・三〇−一〇・〇〇トンネル 〇・三〇上高地温泉
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 雨の日に出ることの危険は知っていたが、これほどまで凄いとは思わなかった。出勤の日が切迫していたので無理に出たが、あんな日にはもう二度と出まいと思った。幸か不幸かトンネルの入口が雪崩でこわれ、雪が一杯詰っていて通れずやむなく引返した。

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二十五日 快晴 七・〇〇発 〇・〇〇徳本峠 二・三〇岩魚止 七・二〇島々
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 昨日の雨で岳川谷の下半部は真青になっていた。徳本《とくごう》は、普通輪※[#「木+累」、第3水準1−86−7]で登る左の小さい谷に入って意外にひまどった。徳本の島々谷側は峠の東北側から一直線に底雪崩が下まで走っていた。たいていの谷から凄いのが出ていた。それらを横切るのにピッケルが必要だった。この一週間は割合天気がよかったが、僕と入れ代りに上高地にきたB・K・Vの成定氏および額氏は、その後一週間毎日雪が降り、殺生小屋附近しか登れなかったという。
[#地から1字上げ](一九二五・一二)
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私の登山熱

 私は神戸に来てから三年くらい旅行の味を知らなかった。大正十年遠山様設立のデデイル会(三菱)に入ってからこの味が少しわかりだし、大正十三年以来兵庫県内の国道と県道を四百里ほど歩いた。大正十四年の八月終りには蓮華温泉から白馬岳に登り鎗温泉に下り、吉田口から富士山に登り御殿場に下山を皮切りに、九月には大峰山脈を縦走し大台ヶ原山に登った。十月には大山に登り船上山へ廻ってみた。大正十五年七月中頃には岩間温泉へ下山、七月終りには中房温泉から燕岳へ登り大天井岳西岳小屋を経て槍ヶ岳の絶頂を極め穂高連峯を縦走し上高地へ下山、平湯から乗鞍岳に登り石仏道を下山、日和田から御嶽山に登り王滝口下山、上松から駒ヶ岳に登り南駒ヶ岳まで縦走し飯島へ下山、八月中頃には材木坂を登って室堂にいたり浄土山、雄山、大汝峰、別山と縦走し劔岳を極め長次郎谷を下り小黒部を経て鐘釣温泉へ下山、八月終りには戸台を経て仙丈岳を極め引返し駒ヶ岳へ登り台ヶ原へ下山、大泉村から権現岳を経て八ヶ岳連峰を縦走し本沢温泉へ下山、沓掛より浅間山に夜行登山をなし御来光を拝し小諸へ下山等の登山をした。
 これらの登山中私はいつでもリーダーなくただ一人だったから、日数は割合多く費やしたが費用は少なくてすみ、精神修養、山への自信等多くの利益を得た。
 白馬の熊――白馬小屋で夜中にガタガタと戸を打つ音がすると思って目をさますと、寝ている小屋の横でドスドスと大きな足音のような物音がするので、テッキリ熊だと思ってゾッと冷汗をかいたまま毛布を被って息を殺していた。翌朝小屋の人にこの話をすると、夏の終りにはときどき、食物を求めに熊が来るとのこと、それ以来、鎗温泉から小日向山を乗越すまで声を限りに歌を唱い通したが、今思うとおかしくてならない。何分初めての山登りでもあり、中川原の宿屋でも、蓮華《れんげ》温泉に食物を運ぶ人が温泉に行く途中で木に登っている熊を見て驚き、悲鳴をあげて逃げだすと、熊も恐ろしい声を出して谷間へ転げ落ちるかのように姿を消したと聞いていてビクビクしていたときだったから無理もない。
 大峰山――山上ヶ岳の籠堂《こもりどう》で案内人どもが縦走のなかなか苦しいことを語り、むやみに傭ってくれと言う。私はいつでも一人でリーダーを傭わぬとわかると、缶詰を持っているかとか、水が無いから氷砂糖のような物を持たぬといかんとか言う。私がキャラメルを持っていると出して見せると親切に話しながらみ
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