く、風が強く合羽を取られそうだ。途中で道らしいものに出て、午前七時聖岳の絶頂に登った。海抜三〇一一メートルもあって南アルプス南方の重鎮だ。そこには御料局の三角点がある。そして聖岳の三角点はここから六町くらい東山稜を下ったところにあり、これへ行く途中、残雪の下からうまい水が出ている。霧は晴れぬがときどき雄大な渓谷を見せる。引返し大変苦しんで、やっと極めたこの聖岳に別れて下る。途中まだ羽根の白い二羽の雷鳥を見た。道は尾根の右側を巻いて姫小松の中を下って行く、露営地へ下り、荷物を持って一夜の宿に名残りを惜しみつつ兎岳―大沢岳―百間洞と急ぎ赤石岳へかかった。風雨は強くなり、身体は疲れなかなか捗らぬ。やっと赤石岳へ着いたのは午後五時四十分で、今日松高山岳部の連中が登った名刺が私が入れた罐に入っている。元気を出して小赤石―剣が峰と縦走し、ここの雪渓をまっすぐに大聖平へ下り右往左往して、やっと小屋へ着いたときは午後七時十五分であった。ここの小屋でも私は火をたくのに苦しめられ蝋燭の火を抱えたまま夕食も食わずに疲れて寝てしまった。翌朝シャツが少し焼けているのに気がついたほどである。
十四日、山は霧が巻いて風も強いので、少し休んで午前九時小屋を出発した。荒川岳へ取付き少し国境線より東によったガレをまっすぐ登り、国境線へ出で縦走して御料局三角点のある前岳へ登る。もう霧は晴れて富士山をも見ることができ、眺望雄大、後方には赤石岳―聖岳―兎岳―大沢岳等高く聳えて昨日の縦走を思いては淋しささえ感ずる。荷物を置いて荒川岳へ向う、前には、東岳高く聳えてどこから登るのか見当がつかぬくらいである。北方に塩見岳―仙丈岳―駒ヶ岳―間ノ岳―農鳥岳等互いに譲らず、高く聳えているのを見ては痛快と叫ばずにはいられぬ。海抜三〇八三メートル二の荒川岳の絶頂へ午後十二時三十分に着いた。なお進みて登り、海抜三一四六メートルの赤石山脈最高峰東岳の絶頂へ着いたのは一時三十分であった。御料局三角点と小さい祠のような物があり、数百歩にして万次小屋にいたるとの立札がある。十二日早大山岳部の連中が登ったと書いた名刺があった。引返して荒川岳を越し前岳へきてみると、長野県庁の人々が高山越えをしてやってきた。私はこの大絶壁を有する前岳で、赤石三山と別れて淋しく国境線の尾根を下って行く。六町くらいきてから国境線を右にそれ北の方へまっすぐガレを一気に下ってしまい、なお進むと残雪がある。私はこの向うに道があるものと思って進み、ちょいと迷い引返すと山を巻いて行く道があったので、これを進んで高山裏まできたとき霧がかかって尾根を取り違え、また迷い山中を歩き廻っていると谷間で人の声がするので、オーイと呼ぶと返事があった。そこで勇んで道の無いところを急行で下ってみると、名古屋の二人と案内二人、道連れの二人、計六人の人が小屋のようなところで露営中なのだ。さっそく一緒に泊めてもらうことにしたが、こう道に迷って予定の狂うのにはほとほと困ってしまった。
十五日、今日もいいお天気だ、午前六時三十分皆と一緒に出発し、道を教えてもらい国境に沿って進む途中、三組も学生連に逢った。小河内岳を越し三伏峠より十町くらい手前で北に向って、まっすぐ谷へ下ると峠よりくる道に合う。これを下れば中俣水源小屋がある。ここから道は山を巻いて本谷山へ登るのだが、道がわからなかったので、手前の山へまっすぐに登って尾根伝いに進み、道へ出て縦走して行くと東京方面の人が案内と二人で塩見岳を極め引返してきたのに出会った。森林を通り抜けて尾根を伝い午後五時四十分、海抜三〇四六メートルの塩見岳絶頂へ着いた。ちょっと霧が巻いているが、雄大な展望台で仙丈岳―駒ヶ岳―白峯三山と赤石三山を前後に見て眺望絶佳である。名残り惜しいがここを下る。北荒川岳の西側は凄く崩れて絶壁になっている。こんなところは多く羚羊の足跡を見る。道は三角点まで行かず右に北荒川を巻いて東側にあるのだが、私は三角点まできたので道の無いところを下って、最も低いところで露営したときは午後八時頃であった。
十六日、今日もいいお天気だ。午前六時露営地を出発して尾根へ登り進めば道あり、国境線に沿いて森林の中を進み、大井川と三峰川の分水嶺附近へくると水が出ている。ここに小屋の跡があるが、小屋はわからなかった。これより御料局三角点のある三峰へ登れば眺望雄大、南方には赤石三山、塩見岳あり、近くは農鳥岳―間ノ岳―北岳の白峯三山毅然と聳え、昨年縦走した仙丈岳と駒ガ岳は野呂川の大渓谷を距てとても雄大に見える。登りて間ノ岳へいたれば、大河原で会った早大山岳部の連中の天幕がある。彼等は今北岳をすまし農鳥岳へ向ったと案内人が湯を沸しながら話してくれたので、私は急いで後を追って進み、ほどなく追いついたが、ガレを走ったため鼻血を出し
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