くほどだったので、このときも足がつめたくて殆んど眠れずうつらうつらとしていたので吉田君の深い眠りが気にかかり、ときどき吉田君、吉田君と呼んでみた。その度にうーんと返事がある。寒いことはないかと問えば、やっぱりうーんと言っている。全く眠いに違いない。でもあれほどたくさんあたたかい物を食べた後だからどんなに深く眠ったって大丈夫だ。それに寒くないというのだから心配はない。こんなときに眠るまいと努力するのは非常に神経を消耗さすのでよくないと知っていたが、友の身体の状態がわからないので気掛りだったのだが、異状も認めぬので僕も安心して眠ることにした。
それから数時間は過ぎたと思われるころ、とうとう二人とも寒さのために目が醒めてしまった。まだまだ夜は明けそうにない。コッヘルで熱い奴をこさえてカロリーをとり、もう一眠りしようと思って雪に埋れた道具を掘り始めた。そしてやっとコッヘルは掘り出すことができたけれど、どうしたものかアルコールを入れた缶が見つからない、こうした物は一揃いにし袋に入れておけばよかったと思ったが仕方がない。八方手をわけて探したが無駄であった。このときはさすがにがっかりした。眠れないままこれから先のことについて吉田君と相談する。僕は「尾根にはまだ悪いところがありそうだから吹雪の止むまでここで待つか三、四のコルまで引返そうではないか」というと、吉田君は「もう一晩もこんなところにはいたくない、どんなことがあっても今日中に小屋へ帰ろう、悪いところはみんな自分が頑張るから」と。
そうだ、この意気だ、この意気があればこそ山登りに成功するのだ。どんな悲境に立とうとも決してこの意気を失ってはならない。世には往々ほんの僅かの苦しみにもたえず、周章狼狽、意気沮喪して敗北しながら、意思の薄弱なのを棚に上げ、山の驚異や退却の困難をとき、適当な時期に引揚げたなどと自讃し、登山に成功したのよりも偉大な如くいう人がある。
しかし山を征服しようとする我々は、こんな敗軍の将の言葉などにはいささかも耳をかさず、登頂しないうちは倒れてもなおやまないのである。
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厳冬の立山/針ノ木越え
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昭和九年十二月三十一日 曇後雪 八・〇〇千垣 一〇・〇〇―一一・〇〇藤橋ホテル 一・〇〇材木坂上 二・〇〇ブナ坂小屋
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