するとのことだ。川原にはまた、猟師の歩いた跡があって、すぐ濁の小屋へ着くことができた。濁の小屋には莚が三枚と畳があるだけで、寝るには寒いので、対岸にある、東信電力の金原氏のところに行って泊めてもらう。非常に親切な方だった。電気炬燵、電気風呂が殊に嬉しかった。
八日は、雪がちらちら降っていた。高瀬の谷は物凄い雪崩が出るだろうと思って心配したが、問題になるような物は出ていなかった。しかも人が始終通るので、歩いた方が早かった。大多和の古田氏のところで、大阪の人が昭和五年の正月に芦峅の案内を連れて信州へ越したと聞いた。そのときの山の状態はどんなだったろう。それを今でも知りたいと思っている。また昭和五年の暮に東京の学生が一人で烏帽子へ往復したという。その努力には驚いた。ブナ立尾根の登りはひどいに違いない。
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初冬の常念山脈
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十一月三十日(昭和五年)晴後雪 六・三五柏矢町 七・四〇―八・〇〇鳥川橋傍茶店朝食 九・二〇大助小屋 一〇・一〇冷沢炭焼小屋 三・〇〇常念乗越沢出合 七・〇〇常念の小屋
十二月一日 晴、強風 八・〇〇常念の小屋 九・〇〇常念頂上 九・三〇―一〇・四〇常念の小屋 一一・四〇横通岳 一・四〇大天井岳 三・四〇―四・〇〇常念の小屋 五・三〇常念乗越沢出合 九・三〇冷沢炭焼小屋
十二月二日 晴 八・三〇冷沢炭焼小屋 一一・三〇豊科
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日本アルプスといわれる山々には九月の終りにもなると、ときおりは雪がやってくる。しかしまだそれほど寒くないので、その後にくるであろう晴れた日に大部分は哀れにもはかなく消えてしまう。だが十月の半ばにもなって、日本アルプスの谷という谷が緋の衣に包まれると、山の頂きもまた日に日に白さを増してくる。そして十一月には木枯らしが吹き、一荒れごとに淋しい落葉の音もまれに、梢《こずえ》越しにははや雪が見え出してくるし、安曇野《あずみの》の村々には冬篭りの用意ができ、どの家にも暖い炬燵が仕切られてくる。ちょうどそのころ六甲山からも遥か彼方に黒々とした山波を越して真白い「氷ノ山」を見出すことができ、山友達からは今シーズン最初の一滑りを白馬や立山からもたらしてくる。もうこうなると山男の心は日本アルプスのどこかの谷か、山へと飛んでしまって、休暇でも残
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