ので早く入ろうと思って、とんだことをしてしまいました。これがため芦峅の案内の人々や、その他多くの人に誤解を受け非難されました。お詫びしなければなりません。
 三日の朝は霧が掛っていましたが、非常に明るいのでどうやら良くなりそうだと思って劔沢に向いました。室堂から東へ辷って谷に下り、それに沿って行きました。雪が少ないためかところどころ水の流れが見えます。霧はすぐ晴れて快晴になりました。雷鳥沢の南側の尾根を登りましたが、意外に高いところまで粉雪が積っていました。乗越は強い風が吹いて、西の方は弥陀ヶ原までよく晴れていますが、黒部谷は雲が一杯詰っていて、鹿島や五竜が真白い頭をちょっと出しているだけです。また早月にも雲があってときどき劔をかすめています。劔沢の雪はクラストでした。ちょっと下って劔沢の小屋を見出したときはほんとに嬉しかった。小屋の中に入ってみると、あの人等はストーブを囲んで愉快そうに話をされていました。僕がちょっと挨拶すると、昨日君が一ノ越を登っているのを見てみんな心配したぜ、あんなにお天気が悪かったんだからねと言われました。僕が、今日みんなで劔にお登りになったらどうでしょうと言うと、今日は風が強いから駄目だと言われました。それで僕は、今晩ここへとめて下さいませんかと言ったんです。ほんとにずうずうしい考え方ですが、みんなに連れられて劔に登りたいと思っていたのです。そのとき窪田氏が、とめたいけれどももしお天気が悪くなって一人で帰れなくなるといけないから今日帰った方がいいと思うと言われました。それで僕は今度はすみませんが貴下のパーティに入れて下さいませんかと言ったんです。そしたら窪田氏が、君は一人だからパーティと言うことがわからぬでしょうが、パーティのなかに知らない人が一人でもいることは不愉快なんです。また昨年の乗鞍の遭難についても、知らない人々でパーティを作ったためだという非難もあるから、お気の毒だけれどこんどはお断りすると言われました。そしてもしこの小屋に泊りたいと思われるなら案内者を連れてきたまえ。案内者を連れぬ人はだいたい小屋は使えないのです。案内者を傭うお金がおしいなら山に登らないがいいでしょうと言われました。福松君も児島氏の組になってきなさいと言います。僕はもうこの小屋に泊ることはあきらめたので、兵治君に、今日だったら劔に登れますよ、お天気は大丈夫だし、
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