と同じやうに、われらも亦一枚の銀貨を以て千金の樂しみと同樣の樂しみを享受することが出來るのではあるまいか。否われらの銀貨や少額の紙幣は身を殺ぐ思ひをして投ずるのであつて無雜作に小切手にサインして拂ふ人達と代を拂ふといふ氣持がちがつてゐる。それだけ、眞劒であるだけ、樂しみも亦深く永いと思ふ。
 要は視野の限界である。而も視野の焦點にかゞやく心眼こそは常に磨きをかけておかねばならぬ。器物の表面ばかりでなく、器物の包含するところの内容を見ぬくには心眼も亦内容をもつてゐなければならぬ。こちらが空しき目であつては對象の内容までを見透すことは出來ない。然らば、その心眼に内容を盛るには、どうすればよいか、それは自づから人に依つて夫々の考へ方があるであらう。また前に述べた點に就て考へらるゝ方もあるであらう。私も亦心眼常に曇つて朗かでない。大いに力めねばならぬと期してゐる。
 良き物を見る事、良き事を知ること。さうして、個々の心眼の認識の程度如何が最後の決定をするのではあるまいか。
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   樂しみを謠ふ

     鴛鴦の水滴

瀬戸の山から ノウヱ
をしどり一羽飛んで來た
片羽黄いろに染めてきた
はつきり、しやつきり、羽づくろひ
型は押型、あらいとし
水を含んで飛んできた

瀬戸のをしどり ノウヱ
嘴が可愛や水滴の
水のこぼるゝさはやかさ
土は灰色黄ぐすりの……
昔、昔、大むかし
鴛鴦《おし》が生れた頃はいな

瀬戸のをしどり ノウヱ
藤四郎どんの顏わいな
酒をのうだか、餅ずきか
藤四郎々々々いふけれど
影も姿も見えわかず
お前の嘴動かずに
水をとく/\吐くばかり

瀬戸のをしどり ノウヱ
來た/\來た/\飛んで來た
思ひ羽つがへて又一羽
今ぢや揃ふて二羽となり
机の上の朝夕に
いとし、なつかし、つがひ鳥
かたみ代りに嘴《くちばし》の
硯にこぼす愛の水
墨のかほりもかぐはしや

鴛鴦の腹みりや ノウヱ
轆轤の痕が渦を卷く
糸切冴えて卷き渦の
古き夢追ふくる/\と
愛の泉の渦まいて――
いとし、なつかし、鴛鴦《おし》二つ
硯の海の片ほとり
日南《ひなた》ぼつこで居るわいな
[#改頁]

   窓繪の土瓶

 ※[#「※」は「「栃」でつくりの中の「万」のかわりに「朽」のつくりをあてる」、75−2]木縣の益子へ四五度いつた。その時窓繪を描くお婆さんと知合ひになつたところが御馴染になつて、私がいたづら描きをしてゐると傍に來て見るやうになつた。
「お婆さん、梅の繪を描いてお見せよ」
 さうたのむと「まづいけど――」と云ひながら書く。
 お婆さんはカーブのある器物に描かせると上手だが紙に描かせると調子を失ふ。
 五十年も六十年も土にばかり飽きずに描いてゐたゝめ、紙のやうな平面なものには描きづらいと見える。
「頬冠り梅を描かうかなあ」と云ひながら「そうれ頬冠り、これで梅だよ。梅の木の下へ蘭よ、これ蘭の花よ」と描く。
 梅の半開したのが人間が頬冠りしたやうに見えるのだ。昔の文人趣味かどうかしらないが昔の人は澁かつた――
 梅の木の根に蘭の花を描く圖案を庶民用の土瓶にくツつけた――
 窓繪といふ。何だ――
 佐久間藤太郎君の話「窓繪土瓶は益子の名物だつたが、今ぢや出來ません。先日註文があつたから少し造りましたがね。むづかしいのですよ、窓繪は――土瓶の胴へ白土を丸くつけてそこへ山水、花鳥繪が現はれるのですが、そのまン圓いのがむづかしい。何故ツて、土瓶を造るでせう、さうして白土のどろ/\した中へ浸す、そうれ――丸い胴を白い汁へ浸すから、汁に浸つた周圍は丸くなるわけですな。それが窓なんですよ。だからロクロの挽き方が下手で、土瓶が正しい形をしてゐないと窓がいびつになつたり楕圓になつてしまひますからね。だから、むづかしいのですよ。土瓶のやうな安物を正しくこしらへて、いゝ窓繪をのこした昔の人の腕はゑらいですね。」
 窓繪、窓繪――
 十錢か二十錢の土瓶にも名器を造る腕の冴えを必要とする。土紙[#「土紙」は「土瓶」の誤記か]にも見どころがある、味ひは無限だ、正しい土瓶の形、あの胴のふくらみ、双の耳がしつかりしてゐるか、口がよくついてゐるか、口の形がいゝか、口から湯が漏るやうなことはないか、土瓶の葢《ふた》の形、つまみの形――さうして、大いにさうして、耳に蔓《つる》をつけて、完成した土瓶の形は安定してゐるか。
 日に干されて、火に燒かれて而して此の安全[#「安全」は「完全」の誤記か]をのぞまるゝ土瓶である。
 金――錢を謂ふ勿れ。
[#改頁]

 燒物一夕話

   區別

 科學的の分け方もありますが、私どもは簡單に土燒、燒しめ、石燒位の言葉で現はしてゐる。燒しめには※[#「※」は「火へん+石」、第4水準2−79−64、78−4]器などいふ字を使ふ物しりもある。
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