ふ。そして死病にかゝつた後にいふ事は取り上げないやうに近親に頼んで置くのがよいと思ふ。

 遺言といふと却つて改つた気になつて考への平康を失ひはしまひかと思ふ。

 死ぬ人でよく家の家憲を定めたりなぞしてその為め家といふ形骸は遺命の力で何代か保つか知れないが家の内容の人間の生命は試錬される機会が少なくなり死物になる事が多い。これは家憲を定めるより人憲を定めた方がいゝ。先祖の中で自分は家系中の巨石だと信じた人は自分の善悪両面の体験を書き遺し子孫の実力生活の参考にするがよい。

 凡人としてはそう遺言はくどくあるものではないと思ふ。自分で自慢して書き遺す程の生活も思想も持たなかつたし、子孫を導く程のそれも持つてるとは自信出来ないし、自分の生涯に於ての人世に対する感想のやうなものも大概誰かゞいつて呉れてるものの中に入るだらうし――
 まあ身の廻りの捌きに就て家族に少し説明して置けば一人前の責任は済むと思ふ。



底本:「日本の名随筆 別巻17 遺言」作品社
   1992(平成4)年7月25日第1刷発行
底本の親本:「中央公論」
   1927(昭和2)年9月号
初出:「中央公論」
   1927(昭和2)年9月号
入力:渡邉つよし
校正:菅野朋子
2000年11月13日公開
2005年12月14日修正
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