のを除いては、新しく得られたらしい物はすべて厳禁せられている。茶室や茶道具がいかに色あせて見えてもすべての物が全く清潔である。部屋《へや》の最も暗いすみにさえ塵《ちり》一本も見られない。もしあるようならばその主人は茶人とはいわれないのである。茶人に第一必要な条件の一は掃き、ふき清め、洗うことに関する知識である、払い清めるには術を要するから。金属細工はオランダの主婦のように無遠慮にやっきとなってはたいてはならない。花瓶《かびん》からしたたる水はぬぐい去るを要しない、それは露を連想させ、涼味を覚えさせるから。
 これに関連して、茶人たちのいだいていた清潔という考えをよく説明している利休についての話がある。利休はその子|紹安《じょうあん》が露地を掃除《そうじ》し水をまくのを見ていた。紹安が掃除を終えた時利休は「まだ充分でない。」と言ってもう一度しなおすように命じた。いやいやながら一時間もかかってからむすこは父に向かって言った、「おとうさん、もう何もすることはありません。庭石は三度洗い石燈籠《いしどうろう》や庭木にはよく水をまき蘚苔《こけ》は生き生きした緑色に輝いています。地面には小枝一本も木
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