船をやとひて、潮來にいたるべく、鹿島に至るべし、息栖に至るべし。孤蓬雨を衝いて、舟は、萠え初めたる蘆荻の間をゆく。長汀曲浦ゆきつくして、兩岸に人家點綴する處、即ち加藤洲也。名高き十二橋こゝにかゝれり。桃花雨中に媚び、椿の花、時にぽつりんと舟中に落つるも、あはれなり。十二橋の下を過ぎて、北利根川に出づ。潮來の人家、近く水にのぞめり。鹿島にゆくには、その潮來の花街を左に見て、園邊川を下る也。
 潮來出島の眞菰の中で、あやめ咲くとはしほらしやと歌はれたる烟華の地、燈光絃歌と共に水に落ち、園邊川依然として今に臙脂を漲らす。高樓の上、時に鼓聲の鼕々たるを聞く。絃歌の聲太だ急なるは、菖蒲踊を踊れるにや。潮來圖誌に曰く、『潮來の里は、東都五町街にならひし廓也。朝夕の出船入船、落ち込む客の全盛は、花の晨雪の夕、十六島はいふも更なり、香取、鹿島、息栖、銚子の浦々まで一望に浮び、富士、筑波の兩峯は西南に連なり、眺望世にすぐれたる好境也』と。又曰く、『西の入口に潮浪里と呼ぶ小坂あり。潮のさしひきある故に、さは名づけしならむ。爰より遊女町まで十餘町。その間は淺間下とて、いや高き竝木なり。潮來のばら/\松とも云ひて、沖乘船の目あての森とぞ。春は梅藤の名木、四季の眺め、いとよし。霞ヶ浦、信田の浮島、手に取る如く見ゆ』と。説き得て、勝概をつくせるものと云ふべし。
 げに、霞浦刀水の間、十六島附近の烟霞の趣は、また類ひあるべうも思はれず。仰いで神世の昔、香取、鹿島兩神の雄圖を偲び、眼前の風光、一層ゆかしき心地す。請ふ君、逝いて回らぬ刀水にのぞみて、我が生の須臾なるを嘆ずることをやめよ。明月の下、蘆花雪を吹くのほとり、願はくは、黄塵にけがれたる衣を江上の清風に振ひ、手づから巨蟹を捕へて、扁舟の巾に醉臥せむ哉。
[#地から1字上げ](明治三十四年)



底本:「桂月全集 第二卷 紀行一」興文社内桂月全集刊行會
   1922(大正11)年7月9日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:H.YAM
校正:門田裕志、小林繁雄
2008年8月26日作成
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このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆
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