火を熾《さかん》にすれば、雨にも消えざるもの也。今夜も焚火に山上の寒さを忘れたるが、天幕に雨を避くることとて、焚火を掛布団とすることは出来ず。九人が四人に減じて、何となく寂し。殊に我らは天幕を有するも、温泉の連中は天幕を有せず。下りとはいえ、路もなき天下の至険なれば、下ることかえって上るよりも遅く、昨日にぎやかに野宿せしあたりにて、雨に濡れながら夜を明かすなるべしとて、心落付かず。心配しても仕方なしと思いながらも、なお心配せしが、終に疲れて眠れり。

    四 大雪山の第三夜

 昨日は他所事と思いしに、今日は我らも一足分の草鞋が欠乏しそう也。綱は以て草鞋の経とすべきが、緯になるものは、温泉の連中に与え尽したり。思案するまでもなく、余は六尺|褌《ふんどし》を解く。我もとて、嘉助氏も六尺褌を解く。碧洋と義三郎氏とは解こうとせず。西洋人の真似して、猿股を着けおれるなるべし、猿股にては、緊褌《きんこん》一番ということも出来ず。変に処して、何の役にも立たずと、気焔を吐けど、二氏は何ともいわず、ただ二褌を比べ見て、にやにや笑う。余の褌は新しくして白く、嘉助氏の褌は古くして黒き也。
 砂の急斜面を登りて、火口丘に達し、幾度も上下して火口丘をつたい、兜岳とて、巌のみの重なり合える峰に突き当り、右折して火口丘を下る。お花畑の連続にて、傾斜も緩也。蝦夷はこよもぎあり。大雪山中ここのみに生ず。白|竜胆《りんどう》あり。これもここのみに生ずと、嘉助氏いえり。駒草もこのあたりに多し。白雲岳に取り付けば、これも巌ばかりの山也、刀の刃《やいば》に似たる頂上をつたいつたいて、最高処に至る。この岳は大雪山の東南端に位して、外側に火口を有す。その火口は十数町四方、底平らかになりて、一面の御花畑也。大雪山ここに一頓して忠別岳に連《つらな》り、その先に化雲岳の臥《ふ》し、またその先に戸村牛岳|起《た》つ。戸村牛岳の左に石狩岳樹を帯び、その右に硫黄岳煙を噴く。眼を西に転ずれば、旭岳と北鎮岳とが近く相対峙す。在来の書物には旭岳よりも北鎮岳を高しとせるが、距離は旭岳が遠しと思わるるに、我が目には北鎮岳よりも高く見ゆ。陸地測量部のこのあたりの五万分図は未だ世に発行するに至らざるが、測量は既に終れり。その測量を聞き合せて、余の見る所の誤っておらざるを知れり。旭岳は七千五百五十八尺、北鎮岳は七千四百十尺、旭岳の方
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