て絶壁に行きつまる。ともかくもと午食して右渓に下り、瀑また瀑を攀《よ》じ登りしに、終に十余丈の大瀑に行きつまる。これは見事と見とれしが、攀ずべくもあらざれば、引きかえし、右崖を攀じて峰稜を行く。根曲り竹の藪を三時間もかかりて潜り抜け、偃松帯に取付きて、ほっと一と息つく。時計を見れば、午後四時十五分也。そろそろ野宿の用意を為さざるべからず。上り上りて、果して水を得るや否や。数町下に水ある処ありき。上らんか、下らんかと、問いて見たるに、誰れも下ることを肯《がえ》んぜず。水姓氏右手の直径二十町とも見ゆるあたりに、雪田あるを見出し、今夜はあの雪田に水を得て野宿せんという。一同賛成す。水姓氏先んじて、数町ばかり行きしに、水ありありと喜声を発す。うれしや、偃松の林裂けて、幅十間長さ四十間ばかりの小池あり。蛙の子の棲《す》めるを見て、毒水にあらざるを知る。偃松の余したる処、一面の御花畑也。苔桃、巌香蘭《がんこうらん》、岩梅、ちんぐるま草、栂桜、岩髭、千島竜胆《ちしまりんどう》など生いて、池中の巌石にも及べり。偃松の中は、数百千年の落葉つもりつもりて、厚さ三、四尺に達し、これを踏むに、あたかも弾機の如し。山上の寒さは挙ぐる火に消えたり。鍋の飯も出来たり。下戸は先ず食う。上戸は酔うて陶然たり。十九夜の月出ず。火炎高く昇れるが、火炎の中に数十条の赤線直上し、その末火花となりて、半天に四散し、下界の煙火などには見られざる壮観を呈するに、酒ますます味を加う。天幕は張らずに敷きて、一同その上に臥《ふ》す。焚ける火が一同の掛布団也。

    三 大雪山の第二夜

 塩谷温泉の連中は、日帰りの出来るぐらいに思いて、食物も十分に用意せず、草鞋《わらじ》も代りを持たず。さしあたり草鞋を作らざるべからずとて、材料を求むるに、綱、縄などのみにても間に合わず、我一行より不用なる手拭、風呂敷などを与えたるに、嘉助氏と温泉の人夫とが、四足の草鞋を作れり。いざとて偃松帯を上る。根曲り竹ならば、押分け押分けて上らるべし。偃松は押分くること能わず。手にてその枝を攫《つか》み、足にてその枝を踏みて、斜に上るの外なし。上るに従って、偃松小さくなり、傾斜|緩《ゆるやか》なる処に至りて、低く地に偃《ふ》す。その上を踏みて行くを得べし。うれしや、偃松を踏みて行くを得るようになれば、頂上は遠からざる也。四面の眺望も開けたり。
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