は暖か也。之に反して、休めば足はらくなれど、身體ぶる/\顫へて堪へられず。斯くあらむと、裸男かねての覺悟、いざとて、腰より水筒を取出す。下戸の知らぬ妙藥、されど普通の酒にはあらず、六分のウイスキーに四分のベルモツトを加味したる一種特別の興奮劑也。之を一行に分ちて、一行一時は元氣づきしが、中には餘りに藥が利き過ぎて、ふら/\眠るものもあり。休息すること餘りしば/\にして、その休息する時間が段々長くなりければ、終に十分を限りて休息することとし、やつと老廢者をまとめて、川越に達し、定めたる旅店に著きしは、午前五時半也。最前軍の著きたるは、午前三時なりとかや。
 思ひ/\に足を出す、臥轉ぶ、寢入るもありしが、朝飯出づると共に、齊しく起上り、朝飯終りて、裸男一場の演説を爲して、首尾よく茲に解散せり。それより裸男は、川越中學校に行きて演説し、それが終るより早く停車場に駈付けて汽車に乘り、東京に約したる演説會に行きぬ。このやうなる次第にて、裸男は川越を見物する暇なかりしが、これまでに三四回も遠足したる土地也。今は埼玉縣下第一の都會なるが、戰國時代は名城として著はれたり。幾度か血の雨を降らしたりき。社は三芳野神社、寺は喜多院、徳川初世の黒衣宰相と云はれたる天海、即ち慈眼大師示寂の處にて、東照宮もあり。裸男以外の人々は見物したるなるべし。知らず、例の『十三里』に舌鼓打ちたるもの、有りや、否や。[#地から1字上げ](大正五年)



底本:「桂月全集 第二卷 紀行一」興文社内桂月全集刊行會
   1922(大正11)年7月9日発行
入力:H.YAM
校正:門田裕志、小林繁雄
2008年8月25日作成
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