りは短けれど、一道の清流をはさんで、櫻は、山櫻の巨木也。上水の幅は狹けれど、碧水の上に、花のトンネルをつくるが、こゝの特色也。山櫻の美は府下この處にのみ見るべし。小金井の花を見ざるものは、未だ櫻を談ずべからず。斷じてこれ、東京第一の櫻の名所也。橋いくつもあり。小金井橋のある處が、中心也。そこに、料理屋らしきものあり。晴れし日には、木の隙間より、武藏野をへだてて、富士山も見ゆ。三四分の開花にて、殊に雨ふりたれば、遊人なし。路は惡るし、風寒し。一杯と腹の蟲が動き出したれど、嘔吐を催すには、かへられず。唯※[#二の字点、1−2−22]何となく寂し。冷金子が、一ぷく、いかにと出す朝日を口にすれば、早やげつと吐出さむとするも、苦しや。この苦しみは、徒歩によりて慰めらる。多謝す、自然の美は、我を促して、徒歩せしむる也。
日も暮れかゝれり。雨に一里半も櫻の下を歩きつくして、境より汽車に身を投ず。三日の間、初めの一日は、越ヶ谷の桃、次の日は野田の桃、三日目は、東京の櫻の二大長堤なる熊ヶ谷土手と小金井との櫻を見て、財布の空になると共に、一先づ家に歸りぬ。[#地から1字上げ](明治三十九年)
底本:「桂月全集 第二卷 紀行一」興文社内桂月全集刊行會
1922(大正11)年7月9日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※「新堀割」と「新掘割」の混在は底本通りにしました。
入力:H.YAM
校正:門田裕志、小林繁雄
2008年8月26日作成
青空文庫作成ファイル:
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