義公の住みし處、烈公の住みし處、藤田東湖の住みし處、今や、砲兵工廠となりて、幽趣を極めたる後樂園、深く煤烟の奧に鎖さる。天を焦す煤煙、閑眠を破る機關の音、市民諸君、うるさしと歎つこと莫れ。日清の大勝にも、日露の大勝にも、こゝの數十の煙突、與つて偉功あり。煙突もし人ならば、金鵄勳章をうくべき也。
 砲兵工廠の西に隣れる一角、牛天神の境内は、小石川臺上、唯一の遊覽地也。江戸川の櫻花、目白臺の暮靄、牛込、麹町の瓦鱗樹木、眼界甚だひろく、殊にこゝより眺むる富士山は、東京にては最も高く見ゆ。眺望の奇、予は推して都下第一となさむとす。
 小石川臺より大塚臺へかけては、高等、尋常の師範學校あれど、特に天下の珍とすべきは、嘉納治五郎氏の講道館と、伊澤修二氏の樂石社と也。嘉納氏は、柔術を柔道と改め、精神教育を加へて、自から嘉納流を創め、天下の柔術界を風靡するの勢あり。嘉納氏は現今東京高等師範學校長なるが、鰻上りに文部大臣に進むかも知れず。されど、嘉納氏をして不朽ならしむるものは、講道館也、嘉納流の柔道也。
 伊澤氏の樂石社は、吃音を矯正する一種の學校也。翁も社會の地位は高し。されど、翁をして不朽ならしむ
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