士の大月対次は岳陰荘に踏み留まって、金剛蜻治を表面助手として、内心では「こいつも同じ穴の貉《むじな》だわい」とひそかに監視しながら、事件の解釈と新しい証拠の拾集に没頭しはじめた。
亜太郎の残した奇怪な油絵については、大月はその絵をひと目見た瞬間から、司法主任の遺言説に深い疑惑を抱いていた。
もしも亜太郎が、その断末魔に臨んで、自分を殺した者が妻の不二であることを第三者に知らせるために、あのような富士山の絵を描き残した、と解釈するにしては、余りにもあの絵には余分な要素が多過ぎる。
例えば木立だとか、空だとか……そうだ。もしも亜太郎が、妻の名前を表わすために描いた絵であったなら、富士山ひとつで充分だ。あのようないくつかの余分な要素を、しかもあれだけ純然たる絵画の形式に纏め上げるだけの意力が、既に死期に臨んだ亜太郎にあったのならば、もっと直截に、文字で例えば「不二が殺した」とか、或は「犯人は不二だ」とか、まだまだいくらでも表わしようはある。いやなによりも、窓際に飛び出して、絶叫することすら出来る筈だ。――問題は、もっと別なところにあるに違いない。
二階の東南二室の間を、コツコツと往復
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