ん+責」、第3水準1−91−87]《ひだ》へぼやけたスポット・ライトを二つダブらせながらサッと当って、土台の悪い幻燈みたいにグラグラと揺れながら目まぐるしく流れる。と、その襞※[#「ころもへん+責」、第3水準1−91−87]《ひだ》の中腹にこの道路《みち》の延長があるのか、一台の華奢なクリーム色の二人乗自動車《クーペ》が、一足先を矢のようにつッ走って、見る見る急角度に暗《やみ》の中へ折曲ってしまった。
「チェッ!」運転手が舌打ちした。
 退屈が自動車《くるま》の中から飛び去った。速度計は最高の数字を表わし、放熱器《ラジエーター》からは、小さな雲のような湯気がスッスッと洩れては千切れ飛んだ。車全体がブーンと張り切った激しい震動の中で、客席の紳士が眼を醒《さま》した。
「有料道路《ペイ・ロード》はまだかね?」
「もう直《じき》です」
 運転手は振向きもしないで答えた。とその瞬間、またしても向うの山の襞※[#「ころもへん+責」、第3水準1−91−87]《ひだ》へ、疾走するクーペの姿がチラッと写った。
「おやッ」と紳士が乗り出した。「あんなところにも走ってるね? ひどくハイカラな奴が……いったいなに[#「なに」に傍点]様だろう?」
「箱根の別荘から、熱海へ遠征に出た、酔いどれ紳士かなんかでしょう」
 運転手が投げ出すように云った。
「追馳《おっか》けてみようか?」
「駄目ですよ。先刻《さっき》からやってるんですが……自動車《くるま》が違うんです」
 紳士は首を屈《かが》めて、外の闇を覗き込んだ。――急に低くなった眼の前の黒い山影の隙間を通して、突然強烈な白色光が、ギラッと閃《ひらめ》いて直ぐに消えた。紳士はなにやら悲壮な尊い力を覚えて、ふと威儀を正した。
 その瞬間のことだった。不意に自動車《くるま》がスピードを落し、ダダッと見る間に彼は前のめりになって、思わず運転手の肩に手を突いた。――急停車だ。

          二

 見れば、ヘッド・ライトの光に照らされて、前方の路上に人が倒れている。首をもたげてこっちへ顔を向けながら、盛んに片手を振っている。
 運転手はもう自動車《くるま》を飛び降りて馳けだして行った。紳士もあたふたとその後《うしろ》に続いた。倒れていたのは、歳をとったルンペン風の男だった。ひどい怪我だ。
「……いま行った……気狂い自動車《やろう》ですよ……」
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