「あれは友田君の細君のあきさんです。ひどい心気|病《や》みですから、もう少し[#「もう少し」は底本では「もし少し」と誤植]落ちつかないことには、現場が見せられないんです。いやどうも、とんでもないことになりました」
 そう言って、風間老看守は、手燭《てしょく》の蝋燭《ろうそく》に火をつけようとするのだが、手がふるえて火が消えるので、何度も何度もマッチをすりつづけた。
 わたしは今までにも数回この老看守には会っているのだが、こんなに彼が蹌踉《そうろう》としているのを見たのは初めてだ。あの謹厳な古武士のようなおもかげは、いまはもう微塵《みじん》も見えず、蝋燭の焔《ほのお》を絶えず細かにふるわせながら、わたし達の先に立って、灯台の入口のドアをしずかに開きながら、ふり返って言った。
「……ま、とにかく、現場を一度見てやって下さい」
 そこで東屋所長とわたしと三田村技手の三人は、老看守の後につづいて、うす暗い階段室に入った。ところが塔内に入ってドアを締め終った老看守は今度は身をすりつけるようにして急に声をおとすと、訴えるように言った。
「……わたしは、生まれてはじめて、幽霊をみました……」
 あのしっかり者で聞えた風間老人までが、うって変ってこのようなことを言うのに、わたしは思わず身の固くなるのを覚えた。
「……いや、初めからお話しましょう」
 と風間老人は、わたし達の先に立って、暗い急な螺旋《らせん》階段を登りながら言った。その声がまた、長い高い塔内に反響して、なんとも言えない陰《いん》にこもった呟《つぶや》くような木霊《こだま》を伴うのだった。
「……わたしは今夜は非番でしたが、あの友田看守は、このごろ昼間無電のほうをチョイチョイ手伝いますので、つい疲れてときどき居眠りをするようですし、変な噂はたつし、それに、今夜はわたしの横着娘が少しばかり加減が悪いので、それやこれやで、どうも思うように熟睡出来ませんでしたが……それはちょうど、一時間ほど前のことです……まずわたしは、最初ゆめうつつの中で、突然屋根の上のほうでガラスの割れるような大きな音を聞いたのです。するとほとんどそれと同時に、おなじ方角で、なにかしら、機械でもこわれるようなはげしい金属的な音がいたしました。で、びっくりして飛び起きたわたしは、しばらく呆然《ぼうぜん》としておりましたが、なにしろ天井の方角でそのような
前へ 次へ
全16ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
大阪 圭吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング