失礼ながらちょっと手伝っていただきたい、と申し出た。そこでわたしは、玻璃窓の外側の危な気なデッキに立って、なんのことはない、幾本かの針金の端を持って、即製の電気屋になった。
 だいぶん風が出て来て、さしものふかいガスも少しずつ吹き散らされてきたようだが、そのかわり波が高くなって、わたし達の立っているデッキから三十メートル真下の岩鼻に、眩暈《めまい》のしそうな波頭がパッパッと白く噛《か》み砕ける。
「ずいぶん高いね」と東屋氏が言った。
「これだけのところを、綱につたわって降りるのは大変だ……」とそれから、突然元気な調子になって、そばに仕事をしていた三田村技手へ、急に妙なことを言い出した。
「すみませんが、ちょっとあなたのてのひらを見せて下さい」
 ――ああ東屋氏は、てのひらの胼胝《たこ》で怪人物を突き止めるつもりだ。なるほどこれは名案だ!
 けれども、三田村技手のてのひらには胼胝は出来ていなかった。東屋氏は急にそわそわし始めると、テレ臭そうにわたしと三田村技手を塔上に残してそそくさと降りて行った。
 アンテナ工事を手伝いながら見ていると、間もなく地上へ降り立った東屋氏は、ちょうど官舎のほうから出て来た風間老人へ、
「まだ予備灯の仕度は出来ませんか?」と言った。
「ええ、まだこれから、掃除をしなければなりませんから」
 風間老人の声は、なぜか元気がない。
「すみませんが、ちょっとあなたのてのひらを見せて下さい」
 と案の定切り出した。これは面白くなって来た、と思ったのも束《つか》の間《ま》、やっぱり風間老人のてのひらにも胼胝《たこ》は出来ていなかったと見えて、やがて老看守は倉庫の中へ入り、東屋氏は、今度は官舎のほうへ出掛けて行った。そしてわたし達の視野から姿を消してしまった。
 アンテナ工事はなかなか困難だ。わたしの両手は折れそうに痛くなった。その上ここはひどく寒くて、眩暈《めまい》もする。けれどもやがてその困難な仕事がほとんど出来上ったころに、東屋所長が非常に緊張した顔つきで、飛び込むように帰って来た。
 東屋氏は明らかにただならぬ興奮を押えつけているらしく、途切れ途切れに言った。
「……あの細君、自分の亭主の死体が、見られないはずはないって、小使に喰《く》ってかかってたよ……早く見せて上げたほうが、かえっていいと思うが……」
「てのひらはどうでした?」わたしは待ちか
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