きへンテコなことになるというのだ。本来この灯台の灯質は、十五秒ごとに一閃光《いっせんこう》を発する閃白光であるが、こいつがときどきどうした風の吹き廻しか、三十秒ごとに一閃光を発するのだ。ところが三十秒ごとに一閃光を発する灯質は、明らかに犬吠灯台《いぬぼうとうだい》のそれであり、だから執拗《しつよう》なガスに苦しめられて数日間にわたる難航をつづけて来た北海帰りの汽船は、毎三十秒に一閃光を発するその怪しげな灯質をうっかり誤認して、うれしや犬吠崎が見えだしたとばかり、右舷《うげん》に大きく迂回《うかい》しようものなら、忽《たちま》ち暗礁に乗り上げて、大渦の中へ巻き込まれてしまうというのだ。船乗りには、かつぎ屋が多い。うそかまことかこのように大それた噂が、枝に葉をつけておいおいに船乗り達の頭へ強靭《きょうじん》な根を下ろしはじめた矢先き、それはちょうど一月ほど前の濃霧の夜、またしても汐巻沖で坐礁大破した一貨物船が、数十分にわたる救難信号《エス・オー・エス》の中で、汐巻灯台の怪異を繰り返し繰り返し報告しながらそのまま消息を断ってしまったという事件が起き上った。ここで問題は俄然《がぜん》表沙汰《おもてざた》になり、とうとう汐巻灯台へ本省からのきびしい注意があたえられた。
ところがこの灯台は逓信省灯台局直轄の三等灯台で、れッきとした看守人が二人おり、その家族や小使を合わせて目下六人もの人々が暮しているのだ。しかもその二人の看守の中の一人というのが、すこぶるしっかり者で、謹厳そのもののような老看守だ。歳《とし》は六十に近く、名前を風間丈六といい、娘のミドリと二人暮しで、そのどことなく古武士のおもかげをさえもった謹厳な人格は、人々の崇敬の的となっていた。そしてまた一段と頼もしいことに、この老看守は人一倍はげしい科学への情熱を持っており、歳に似ず非迷信的で、本省からの調査忠告に対しても、「灯台には毎夜交替で看守がつくのだから、そのような馬鹿気たことはあるはずがない、それは多分、深いガスのながれや、またそのガスの中から光を慕って蝟集《いしゅう》するおびただしい渡り鳥の大群などによって、偶然[#「偶然」は底本では「隅然」と誤植]にも作られた明暗であり、それがまた尾をつけ鰭《ひれ》をつけて疑心暗鬼を生むのであろう」と、けんもほろろにはねつけた。
けれどもこの謹厳な老看守の声明を裏切って、
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