ながら、急きこんで尋ねた。けれども蜂須賀巡査は、そのままものも云わずに歩き続け、やがて秋森家の表門の前まで来て鋪道の上の先刻《さっき》の処に立停ると、振返っていきなり云った。
「いま、私達の立っている処が、現場、つまり被害者の倒れていた処でしょう?」
雄太郎君は、この突飛もない判りきった質問に思わずギョッとなった。そして顫えながら大きく頷くと、蜂須賀巡査は、今度は探るような眼頭《めがしら》で雄太郎君を見詰めながら、
「僕は、君を、真面目な証人として信じているが、君はあの時確かに、アパートの前のポストのすぐ側に立っていて、此処に被害者の倒れていたのを見たと云ったね?」
「そうです」雄太郎君は思わず急きこんで、「嘘と思われるなら、郵便屋にも訊いて下さい」
「ふん、成る程。すると、此処から向うを見れば、鋪道の縁に立っているそのポストは、当然見えなければならない筈だね?……どうです。ポストが見えますか?……」
雄太郎君は途端に蒼くなった。ナンと雄太郎君の視線の届くところ、そこにはポストの寸影すら見えないではないか! ポストより数間手前にある筈の街燈が、青白い光を、夕暗《ゆうやみ》の中へボンヤリと投げかけている以外には、大きくカーブしている高い石塀の蔭になって、まるで呑まれたようにポストの影は見えないではないか!
蜂須賀巡査は、雄太郎君の肩に手をかけながら、顫える声でいった。
「君、いったいこれは、どうしたと云うのだ!」
四
そんなわけですっかりあが[#「あが」に傍点]ってしまい、その晩殆んど一睡もせずに考え続けてしまった雄太郎君は、けれども翌朝早くから蜂須賀巡査に叩き起されると、ひどく不機嫌に着物を着換えて部屋を出た。
「一寸手伝って貰いたいんですがね」と階段を降りながら、急に親しげな調子で新米巡査は口を切った。「昨晩は、僕だって少しも眠れなかったです。あれから僕は、一晩中飲んだくれのチンドン屋を探し廻ったんですよ。その結果、これはまだ内密《ないしょ》の話なんだが、大変な発見をしたんです。……つまり、犯行の暫く後にあそこを通ったチンドン屋の広告ビラを、二人の犯人が、例の庭下駄で踏みつけているんです。だから、ね、君。あの庭下駄の跡は、二人の真犯人が犯行の際につけたものではなくて、あれは、犯行の後から、故意に、あの双生児《ふたご》を陥し入れるためにつけられた、恐ろしい詭計《トリック》なんですよ。真犯人は、誰だかまだ判らないが、兎に角、あの秋森家の双生児《ふたご》は、決して真犯人ではないね!」
そしてアパートを出ながら、驚いている雄太郎君には構わずに、急に憂鬱になりながら、
「ところが、署では、僕の意見など、てんで問題にされないですよ……証人はあるし、証拠は挙がっているし、それになによりも悪いことには、その後取調べの結果、あの双生児《ふたご》の二人と殺された家政婦との間に、醜関係のあった事がばれ[#「ばれ」に傍点]たんです。一寸驚いたですね。殺された女が、報酬を受けてそんな関係を持っていたのか、それとも、女自身の物好きな慾情から結ばれたものか、いずれにしても、その醜関係が有力な犯罪の動機にされたんです。そこへもって来て、ほら、昨晩のあれでしょう。全く腐っちまうね……だが僕は、こんなところで行詰りたくない」
やがて秋森家の門前へつくと、蜂須賀巡査はポケットから大きな巻尺を取り出し、雄太郎君に手伝わして、昨晩のあの石塀の奇蹟に就いての最も正確な測量を始めた。けれどもいくら試みても、ポストの処から、被害者の倒れていた地点は、緩やかにカーブしている石塀に隠れて見えない。同様に、被害者の倒れていた処からも、ポストは見えない。蜂須賀巡査は、とうとう巻尺を投げ出して云った。
「吉田君。もう一度だけ訊くが、これが最後だから、どうか僕を助けると思って、頼むから正直に云って呉れ給え。ね。君は確かに、あの郵便屋と二人で、このポストの直ぐ側に立っていて、犯行の現場を見たんだね?」
雄太郎君は、この執拗きわまる蜂須賀巡査の質問に、思わずカッとなったが、虫をころして昨晩の通り返事をした。
「ふん、やっぱりそうか……いや、疑って済まなかったね」蜂須賀巡査は巻尺を仕舞いながら云った。「すると、どうしてもこの長い石塀は、あの時より、少くとも三尺は道路の方へ飛び出している事になる……全く、馬鹿げた事だ……いや、どうも有難う」と雄太郎君に会釈しながら、「だが、兎に角こ奴《いつ》は、ひょっとすると証人の責任問題になるかも知れませんから、その点心得ていて下さい」
そう云って蜂須賀巡査は、いささか気色ばんで帰って行った。
――困ったことになったぞ。と雄太郎君は溜息をつきながら、――ひょっとすると、俺のほうが間違っていたかな? いやいや、断じ
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