ら、気狂いじみたチンドン屋の馬鹿騒ぎが、チチチンチチチンと聞えて来た。
二
それから数分の後。N町の交番だ。
新米の蜂須賀《はちすか》巡査は、炎熱の中に睡魔と戦いながら、流石《さすが》にボンヤリ立っていた。
そこへ一人のチンドン屋が、背中へ「カフェー・ルパン」などと書いた看板を背負い、腹の上に鐘や太鼓を抱えたまま息急《いきせき》切って馳け込んで来ると、いま秋森家の前を通りかかったところが、恐ろしい殺人事件が起きあがっていた事、死人の側には三人の男がついていたが、ひどく狼狽している様子だったので、取りあえず自分が知らせに来た事、などを手短に喋り立てた。殺人事件! 蜂須賀巡査は電気に打たれたようにキッとなった。時計を見る。三時十分前だ。取りあえず所轄署へ電話で報告をすると、そのまま大急ぎでチンドン屋を従えて馳けだした。
現場には、もう例の三人の他に、秋森家の女中やその他数人の弥次馬が集っていた。蜂須賀巡査の顔を見ると、いままで弥次馬共を制していた雄太郎君が進み出て、被害者の倒れていた地点から約五間程西へ隔った塀沿いの路上から拾い上げたと云う、血にまみれたひとふりの短刀を提供した。
蜂須賀巡査は早速証人の下調べに移った。
「……じゃあ、つまりなんだね……吉田君がこちらから、その浴衣を着た二人の男を追って行く。向うから戸川さんがやって来る。ふむ、つまり、挟撃《はさみう》ちだ。而《しか》も道路は、一本道!……ところが、犯人はいない?……すると……」
蜂須賀巡査は眉根に皺を寄せ下唇を噛みながら、道路の長さを追い始めた。が、やがてその視線が、秋森家の石塀の、曲角に近い西の端に切抜かれた勝手口の小門にぶつかると、じっと動かなくなってしまった。が、間もなく振り返ると、微笑を浮べながら二人の証人を等分に見較べるようにした。勿論雄太郎君も戸川差配人も、すぐに蜂須賀巡査の意中を悟って大きく頷いた。
「困ったことですが」と差配人の戸川が顔を曇らしながら云った。「どうも其処より他に抜け口はございません」
そこで蜂須賀巡査は意気込んで馳けだし、勝手口の扉《と》をあけて屋敷の中へ這入って行った。が、やがてその扉口《とぐち》から顔を出すと、勝誇ったように云った。
「ふむ。図星だ。足跡がある!」
恰度この時、司法主任を先頭にして物々しい警察官の一隊が到着した。
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