るということだった。が、そんな報告をした人でさえ、その老主人と二人の息子を見たことはないと云っている。ところが、突然この秋森家を舞台にして、至極不可解きわまる奇怪な事件が持ちあがった。そしてふとしたことから雄太郎君は、身を以てその渦中に巻きこまれてしまったのだ。
それは蒸しかえるような真夏の或る日曜日のことだった。午後の二時半に、一寸した要件で国元への手紙を書き終えた雄太郎君は、恰度この時刻にきまっていつものように郵便屋が、アパートの前のポストへ第二回目の廻集に来ることを思い出して、アパートを出て行った。習慣というものは恐ろしいもので、雄太郎君の予想通り実直な老配達夫は、もうポストの前へ屈みこんで取出口にガチャガチャと鍵をあてがっていた。そこで雄太郎君は彼の側に歩みよって一寸挨拶をし、郵便物を渡して、さてそれから、じっとり汗に濡れた老配達夫の皺の多い横顔を見ながら、暑いなア、と思った。――断って置くが、この附近は山の手のうちでも殊に閑静な地帯で、平常でも余り人通りはないのであるが特にその日は暑かった為めか、表の六間道路は真っ昼間だというのに猫の子一匹も通らず、さんさんと降りそそぐ白日の下にまるで水を打ったような静けさであった。その静寂のなかで不意に惨劇がもちあがったのだ。
始め、雄太郎君と集配人の二人は、西隣の秋森家の表門の方角に当って低い鋭い得《え》も云われぬ叫び声を耳にした。期せずして二人はその方角へ視線を投げた。すると二人の立っているポストの地点から約三十間ほど隔った秋森家の表門のすぐ前を、なにか黒い大きな塊を飛び越えるようにして、白い浴衣を着た二人の男が、横に並んで、高い頑丈な石塀沿いに雄太郎君達の立っているのと反対の方向へ、互に体をすりつけんばかりにして転がるように馳け出していった。が、次の瞬間もう二人の姿は、道路と共に緩やかな弧を描いて北側へカーブしている、秋森家の長い石塀の蔭に隠れて、そのまま見えなくなってしまった。――全く不意のことではあったし、約三十間も離れていたので、その二人がどんな男か知るよしもなかったが、二人とも全然同じような体格で、同じような白い浴衣に黒い兵児《へこ》帯を締めていたことは確かだ。雄太郎君は軽い眩暈《めまい》を覚えて思わず側のポストへよろけかかった。が、カンカンに灼けついていたポストの鉄の肌にハッとなって気をとりなおした時
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