うしたことか今までとは打って変って、その顔色はひどく蒼褪《あおざ》め、烈しい疑惑と苦悶の色が、顔一パイに漲《みなぎ》っていた。
「待って下さい……」
やがて博士が呻くように云った。そして苦り切って顔を伏せると、惑《まど》うように暫くチラチラと「トントン」の屍骸を見遣《みや》っていたが、やがて思い切ったように顔を上げると、
「そうだ、やっぱり待って下さい。……貴方はいま、結末、と云われましたね?……いやどうも、私は、飛んでもない思い違いをしたらしい……主任さん。どうやらまだ、結末ではなさそうですよ」
「な、なんですって?」
とうとう主任は、堪りかねて詰めよった。すると博士は、主任の剣幕にはお構いなく、再びチラッと「トントン」の屍骸を見やりながら、妙なことを云った。
「ところで、赤沢院長の屍体は、まだあの脳病院に置いてありますね?」
四
それから二十分程のち、松永博士は殆ど無理遣《むりやり》に司法主任を引張って、赤沢脳病院へやって来た。
夜の禿山では、雑木の梢が風にざわめき、どこかで頻《しき》りに梟《ふくろ》が鳴いていた。
博士は、母屋で鳥山宇吉をとらえると、院長の屍体を見たい旨を申出た。
「ハイ、まだお許しがございませんので、お通夜も始めないでおります」
云いながら宇吉は、蝋燭に火をともして病舎のほうへ二人を案内して行った。
二号室の前を通ると、部屋の中から、帰って来た「歌姫」のソプラノが、今夜は流石に呟くような低音で聞えていた。三号室の前まで来ると、電気のついた磨硝子《すりガラス》の引戸へ大きな影をのめらして、ガラッと細目に引戸を開けた「怪我人」が、いぶかしげな目つきで人々を見送った。四号室から先方《さき》は電気が廃燈になっているので、廊下も真暗だ。
宇吉は蝋燭の灯に影をゆらしながら、先に立って五号室へはいって行った。
「まだ棺が出来ませんので、こんなお姿でございます」
宇吉は云いながら、蝋燭を差出した。
院長の屍骸は、部屋の隅に油紙を敷いて、その上に白布をかぶせて寝かしてあった。博士は無言で直ぐにその側へ寄添うと、屈み込んで白布をとり退《の》けた。そして屍骸の右足をグッと持ちあげると、宇吉へ、
「灯《あかり》を見せて下さい」
と云った。
顫える手で、宇吉が蝋燭を差出すと、博士は両手の親指で、屍骸の足裏をグイグイと揉み
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