危険な代物で、急ぎますので……」
すると博士は苦笑しながら、
「難問ですな。しかし、どうもそれは、その患者の一人一人に就いて細かに研究して見なくては判りませんよ。一般にあの連中は、思索も感情も低いんですが、しかし低いながらも色々程度があって、その一人一人には、それぞれ勝手な色彩の理窟があるんです。で、率直に私の意見を申しますと、この場合問題は、何処へ誰がどんな風に隠れたかと云うことよりも、院長殺害が三人の共犯であるか、それとも一人の犯行であるか、と云う点にかかっていると思います。もし一人の犯行だったなら、その犯人は一寸六ヶ敷いが、少くとも残りの二人だけは、今にきっと、興奮が去って腹でも空いたなら、その勝手な隠れ場所からノソノソと出て来ますよ。ナニ興奮さえ去ってしまえば危険はありますまい。が、しかし、これが共犯だと……」
博士はそう云って椅子へ掛け直ると、急に熱を帯びた口調で後を続けた。
「……共犯だと、一寸困るんです」
「と云いますと?」
思わず司法主任が乗り出した。
「つまり一人の犯行だった場合に、その犯人だけが一寸無事に出て来にくいと同じ理由で、三人の安否が気遣われるんですよ」
「……判りませんが……どう云うわけで?……」
主任は六ヶ敷そうに顔を赭《あから》めた。
「なんでもないですよ」と博士はニヤリと笑いながら、「……これは私が、薬屋から聞いたんですが、なんでもあの赤沢さんは、最近ひどく憔悴して、患者を叱る時に『脳味噌をつめ替えろ』と云うような無謀な言葉をよく使われたそうですね」
「それです。それが動機なんです」
「待って下さい。……それで、私の一、二度耳にした限りでは、確か『脳味噌をつめ替えろ』で、『脳味噌をとれ』ではなかったと思います。いいですか、『つめ替えろ』と『とれ』とでは、大分違いますよ」
「……ハァ……」
主任は判ったような判らぬような、生返事をした。博士は尚も続けた。
「ね。馬鹿は馬鹿なりに、それ相応の理解力があるんですよ。『脳味噌をつめ替えろ』と云われて、利巧な人の脳味噌を抜きとった男が、それから、いったいなにをする[#「なにをする」に傍点]と思います?……」
「……」
主任は、無言のうちに愕然となって立上った。そして顫える手で帽子を掴むと、思わず松永博士にぴょこんと頭を下げた。
「有難うございました。よく判りました」
すると博士
前へ
次へ
全15ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
大阪 圭吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング