ことの得意でない伝さんは、いつまでたっても、この問題に解決を与えられそうな、名案を、考え出すことは出来なかった。
 そうして、いつの間にか、一月二月と時間が流れて行った。しかもその間、例の三の字気狂いの婦人客は、殆んど毎日のように三時の急行の三等車の三輛目でやって来て、相変らず出迎男を従えて、改札口のほうへ出て行った。考えてみれば、どうもこれは容易なことではない。もういままでに、一日一人で、百人近くのいろいろな婦人達が、気狂いじみたやりかたで上京しているのだ。それも、そもそも伝さんがその事に気づいてからの、大体の計算であって、この奇妙な旅行者達が、まだ伝さんの気づかなかった先からこのようなことを続けていたのだとしたなら、いったい何百人の気狂いが、同じように奇怪な方法をとって上京しているのか、判らない。伝さんは、なんだか恐ろしくなって来た。三という数字に関したものを、思っても見ても考えても、ヘンに気持が苛立《いらだ》って来て、そろそろ一人でこのことを包み隠している負担に堪えられなくなって来た。
 そこで伝さんは、とうとう思い切って、例の奇妙な「案内人」にわたり[#「わたり」に傍点]をつけてみようと決心した。
 或る日午後三時十分前。例によって、ひょっこりプラット・ホームに現れ、多くの出迎人の後へ立ってボンヤリ三時の急行を待っていたその男へ、伝さんは、何気なく近づいて声をかけた。
「毎日ご苦労さんですね」すると男は、急に変テコな顔になった。そしてひどくあわてた調子で、
「いやどうも、毎日のお客様で、やり切れませんよ」
 そういって、同情を乞うような目つきで、伝さんの顔を見た。伝さんは、すかさずいった。
「いや、わしもこれで、二十年も赤帽稼業をしているから、お客様を待つ気持のつらさというものは、よく判るですよ。……時に、無躾《ぶしつけ》なことをお聞きするが、あんたのお客さんは、どうもまことに、不思議なお客さんばかりですね」
 男は黙ったまま目を瞠《みは》って、一層変テコな顔をした。

          三

「いや、どうか悪く思わないで下さいよ。わしはどうも物好きな性分でね。なんしろ、あんたの毎日のお客様を、それとなく拝見しているに、どうも、時間といい、客車《はこ》といい、切符といい、荷札といい、どれもこれも三の字にひどく関係の深い御婦人達のように思われてね。これには何か、面白い因縁|咄《ばなし》がおあンなさるんじゃねえかと、ついその、物好き根性が頭をあげて、お聞きしたいんですよ」
 男は、前より一層困ったような顔をして、しばらく黙ったまま立っていたが、やがて、思い切ったように小声で切り出した。
「実は、お察しの通りですよ。私は、三の字旅行会というのに使われている、ま、一種の案内人といったような者ですがね。なんしろ雇人《やといにん》ですから、深いことは知りませんが、お察しの通り私のお客様には、その三の字旅行会という会との間に、一風変った因縁咄があるんですよ」
「ほほう。そいつア是非とも、お差支なかったら、伺いたいものですね」
 伝さんは思わず乗り出した。だがこの時、三時の急行列車が烈しい排気《エキゾースト》を吐き散らしながら、ホームへ滑り込んで来ると、
「じゃあ又この次お話しいたしましょう」
 男は云い残して、いつものように三等車の三輛目へ乗り込み、今日はいつもより一段と美しい、年の頃二十八、九の淑《しと》やかな婦人のお供をして、大きなカバンを提げながら、改札口のほうへ向って、神妙に婦人のあとから地下道の階段をおりて行った。伝さんも、お客が出来て急に忙しくなったので、その日はひとまずそのままで、忘れるともなく過してしまった。

 さて、その翌日、三の字旅行会の案内人は、いつものように到着ホームへやって来ると、何分自分は、一介の雇人であるから、詳しい話は知らないがと、伝さんへ念を押して、昨日の続きをやりだした。が、その話は仲々の永話で、とても汽車を待っている位の短い間で、一度に聞かれるようなものではなく、それから三日四日と度《たび》を重ねて、やっと聞かされ終ったところによると――なんでも、その三の字旅行会というのは、只の営利的な旅行協会みたいなものとは全然違って、一種の慈善的な奉仕会であって、陰徳を尊ぶ会長の趣意に従って、会長の名前にしろ、全然秘密であるが、大体その会の仕事というのは、或る一定の地方に住っている両親のない三十歳以内の婦人で、東京方面へ旅行をしたいという人の為めに、汽車賃と滞在費と、それから小遣いの三通りの経費を全部提供して、全く無料の暢気《のんき》な旅をさせようという、まるで嘘みたいな話であった。尤も、それだけに条件も一寸面倒臭く、いま云ったような資格者で、その地方にあるその会の支部長の推薦がなければならないのであっ
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