の浮漂微生物の群成に依る赤潮が、真珠養殖に取っての大敵である事を思い出したのです。だから深谷氏は、九州沖からこの附近までの間に於ける黒潮海流の平均速度を、二十四時、つまり一昼夜五〇|浬《カイリ》乃至八〇|浬《カイリ》と見て、赤潮の来襲を、今日の午後までと、大体の計算をしたのでしょう。そして今日の午後までに、昨日にしてみれば『明日の午後まで』に、真珠《まべ》貝の移殖を行わなければならない。そこで深谷氏は、用意を整え、下男――実は共謀者の早川を連れて、ひそかに邸《やしき》を出帆したのです。そして、第何回目かの作業を終った時に、早川の胸裡に恐ろしい野心が燃えあがったのでしょう。恐らくその作業場と云うのは、あの鳥喰崎の向うの、美しい、静かな、鏡のような内湾に違いないです。――だが、もうこれで、あのキャプテン深谷氏の秘密人工真珠養殖場のマベ貝は、完全に全滅です――」
東屋氏は云い終って、煙草の煙を、ぐっと一息深く吸い込んだ。
私達は一様に深い感慨を以て、血のような鳥喰崎の海を見た。斑《まだら》な禿山の上には、何に驚いたのか鴉の群が、折からの日差しの中に慌だしく舞い上り、そしてその岬の彼方の沖合には、深谷氏の片足をもぎ取った奴であろう、丈余に亙る暗灰色の大|鱶《ふか》が、時々濡れた背中を鋭く光らしながら、凄じい飛沫を蹴立てて疾走していた。
[#地付き](「新青年」昭和八年七月号、「白鮫号の殺人事件」を改題、改稿)
底本:「とむらい機関車」国書刊行会
1992(平成4)年5月25日初版第1刷発行
1992(平成4)年5月25日初版第1刷発行
底本の親本:「死の快走船」ぷろふいる社
1936(昭和11)年
初出:「新青年」博文館
1933(昭和8)年7月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※初出時の表題は「白鮫号の殺人事件」で、「死の快走船」ぷろふいる社(1936(昭和11)年)収録時「死の快走船」と改題、かつ大幅な加筆訂正が加えられた。また、探偵役も「青山喬介」から「東屋三郎」に変わった。
入力:大野晋
校正:川山隆
2009年1月27日作成
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